和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

あ・うん。

2009-05-23 | Weblog
鶴見俊輔・上坂冬子著「対論異色昭和史」(PHP新書)を、あちこちとまだら読みしています。楽しい。新書の帯には二人のお写真。その写真からの連想じゃないのですが、
お寺の山門ににらみをきかせている仁王さまが思い浮かぶのでした。
ちなみに、仁王さまは正式には金剛力士。
口を『阿(あ)』と開くのが金剛、『吽(うん)』と閉じるのが力士、一対で伽藍をお守りするのでした。新書の対論を読んでいると、そのア・ウンの呼吸が、読む者に伝わってきます。たとえば「そうかなぁ。まあいいわ。ここで鶴見さんと議論してもしょうがないから」と最近亡くなったばかりの上坂冬子さんは喋っております。ちょっとここでは、上坂さんの言葉を少し拾っていきます。
「そんなことを聞いてるんじゃありません。」(p80)
「私は自虐という態度が嫌いではないけれど、国家をひたすら自虐的に弾劾する行為は歴史認識を狂わせると思う」(p90~91)

ということで、たとえば「九条」の話になる。
【上坂】そこまで考えて、その上で永世中立を望むのは、論理的にもよくわかる。でも日本は何も持たず、字で書いた九条だけにすがって平和を守れというわけでしょう。(p112)
【上坂】日本も知恵がないじゃありませんか。あんな九条を有り難そうに奉って「九条の会」を作って集まっている人までいるんですから、鶴見さん以外は私と話が通じそうにない人ばかり(笑)。本当ならサンフランシスコ講和条約の直後に、日本は日本の判断として新しい憲法を作るべきでした。あの時、日本人の判断で九条めいたものを作っていたなら、私も「九条を守れ」と言ったかもしれません。
【鶴見】いいじゃない、その考え方。賛成だよ(笑)。

うんうん。せっかくだから鶴見俊輔氏の、そのすぐあとの発言も引用しておきましょう。

【鶴見】あの時の総理大臣は吉田茂だ。彼は自衛隊も作ったでしょう。昭和32年防衛大学校の第一期卒業生を前にして彼は次のような意味の訓示をしている。
『君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されたりすることなく終わるかもしれない。批難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君たちが「日陰者」扱いされている時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい』と。これは吉田茂でなければ言えない偉大な言葉だ。(p114~115)

「全面講和か単独講和か」というのは、
上坂さんが語っておりました。そこも引用しておきましょう。
【上坂】ええ、そりゃわかってますから怒らないで(笑)。
あの頃ですねぇ。全面講和か、単独講和かで世論が二つに割れて騒いだのは。全面講和というのは、ソ連も加えて全戦勝国との講和を締結すべきだという意見、単独講和はアメリカを主とする戦勝国と結べばいいという意見。当時はアメリカとソ連が対立してましたから、全面講和なんていつまで待ってたって結べる見通しなんかありゃしません。それに原爆を二つも落とされた日本が二度と立ち上がれないのを見越して、不戦条約を勝手に破棄して8月9日に参戦したソ連が戦勝国なもんですか。常識で考えてもおかしいです。
でも東大総長の南原繁さんなんか、全面講和を主張して吉田首相から『曲学阿世の徒』呼ばわりされてましたね。あの時、私はつくづくインテリなんて駄目なもんだなぁと思いました。全面講和を待っていたら日本はいまだに独立できなかったかもしれない。(p122)

「きれいな水爆」という箇所もありました。

【鶴見】追い詰められた人間の勘でしょう。いよいよとなると人間にはそういう勘が働くんだ。その点で、くどいようだけど、原爆についての日本人の勘はにぶいねぇ。アレを落としたアメリカを総立ちになってウジ虫呼ばわりするどころか、インテリの中には事もあろうにきれいな水爆と言い出す者まであって呆れ果てた。
【上坂】どういうこと?
【鶴見】ソビエトが落とせばきれいな水爆だという輩がいた。
【上坂】そんなバカな。
【鶴見】きれいか。汚いか、落とした奴によって決まると言わんばかりの傾向が戦後の一時期にあってね。日本のインテリはそれで共産党系と非共産党系に分かれたんだ。ヘンな知識を身につけるとああなる。・・・・(p128)


うん。引用をしはじめると、キリがないなあ。
人によっては、もっと興味深い箇所を指摘できるでしょうけれど。
まずは、金剛力士の丁丁発止。
上坂冬子氏もこれが、鶴見俊輔氏との最後だという勘が働いている気配。随所に、これだけは聞いておこうというポイントへの対論の舵取りを感じます。こういうのを要約しちゃ、いたずらに、スケールが小さくなるばかり。興味をお持ちの方は、新書に手をのばして、阿吽の呼吸を味わってみることをお薦めするのでした。
コメント
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