南和男著「江戸のことわざ遊び」(平凡社新書)の「寝耳に水」の風刺画からの連想で、
ひさしぶりに、渋谷区松濤美術館の「特別展三木富雄」カタログを開いてみました。
いつもながら、展覧会には行けないので、カタログだけ送ってもらったものです。
さてっと、現物はないのに、写真だけが残っているというのがカタログに掲載されておりました。「翼の生えた耳」。年譜によると1976(昭和51)年38歳。「ニューヨークに滞在中は、粘土原型のままの耳はかなり作っている。そのなかで『翼の生えた耳』が最後に作られたが、これも鋳造されることなく破壊された。」とあります。
両耳がつながっていて、その両耳から翼がもくもくと生えて、まるで蝶の羽化寸前のような感じに見えます。
三木富雄氏の言葉も考察のあいだに、引用されており、
たとえば、こんな箇所があります。
「友人の家で突然何メートルにも耳を拡大させるという、ふってわいたような思いにとりつかれた時、そのあまりにも『ばかばかしい』想像に興奮してしまった。
・・・帰りの国電の中で幾百の耳がぼくに襲いかかってくる錯覚をおぼえ恐怖を感じたことを覚えている。」
そういえば、「江戸のことわざ遊び」には、
「手わけする人」の風刺画がありました。
肘から手までの腕を、一本一本とりわけて、箱に選別しているタスキがけの町人風。いっぱいある腕を箱に取り分けているのでした。解説には「『長い手』は、盗癖を意味する。手わけをするのも大変。自分の器量以上に商いを広げすぎると、身を滅ぼす危険もある。」
うん。三木富雄の作品に、アルミニウムにプレスされたような耳だけが42個も整然と並んでいるのが、カタログをひらいていると、ありました。耳の標本箱のようでもあります。
そうそう。壁に耳あり、障子に目あり。なんてことばが思い浮かびます。
ひさしぶりに、渋谷区松濤美術館の「特別展三木富雄」カタログを開いてみました。
いつもながら、展覧会には行けないので、カタログだけ送ってもらったものです。
さてっと、現物はないのに、写真だけが残っているというのがカタログに掲載されておりました。「翼の生えた耳」。年譜によると1976(昭和51)年38歳。「ニューヨークに滞在中は、粘土原型のままの耳はかなり作っている。そのなかで『翼の生えた耳』が最後に作られたが、これも鋳造されることなく破壊された。」とあります。
両耳がつながっていて、その両耳から翼がもくもくと生えて、まるで蝶の羽化寸前のような感じに見えます。
三木富雄氏の言葉も考察のあいだに、引用されており、
たとえば、こんな箇所があります。
「友人の家で突然何メートルにも耳を拡大させるという、ふってわいたような思いにとりつかれた時、そのあまりにも『ばかばかしい』想像に興奮してしまった。
・・・帰りの国電の中で幾百の耳がぼくに襲いかかってくる錯覚をおぼえ恐怖を感じたことを覚えている。」
そういえば、「江戸のことわざ遊び」には、
「手わけする人」の風刺画がありました。
肘から手までの腕を、一本一本とりわけて、箱に選別しているタスキがけの町人風。いっぱいある腕を箱に取り分けているのでした。解説には「『長い手』は、盗癖を意味する。手わけをするのも大変。自分の器量以上に商いを広げすぎると、身を滅ぼす危険もある。」
うん。三木富雄の作品に、アルミニウムにプレスされたような耳だけが42個も整然と並んでいるのが、カタログをひらいていると、ありました。耳の標本箱のようでもあります。
そうそう。壁に耳あり、障子に目あり。なんてことばが思い浮かびます。