「小田嶋隆のコラム道」(ミシマ社)の巻末対談で、
内田樹氏が「小田嶋さんの書くものはエッジが立ってるから、引っかかるんですよ。」(p228)という箇所がありました。
うん。わたしもどうやら「引っかかった」みたい(笑)。
ということで、ネット古本屋へと4~5冊注文。
ところで、「地雷を踏む勇気」(技術評論社)の
本文のはじまりに、小田嶋隆氏は
こういう言葉を置いております。
「東日本大震災から半年が経過しようとしている。
個人的には、3月11日からの半年間で、時代がすっかり変わってしまった感じを抱いている。震災以前の出来事は、たった1年前に起きた事件であっても、遠い昔の記憶であるように感じられる。不思議な感覚だ。震災を契機として、具体的に何が起こって、われわれの精神のどの部分がどんなふうに変化したのかについては、今後、長い時間をかけて、じっくりと検証しなければならないのだと思う。が、細かい点はともかく、わたくしども日本人の時代認識が、震災を機に変わってしまったことは確かだ。」(p11)
これから、どなたもが、
「不思議な感覚」を読み解く時間をはじめているのだろうなあ。
そういう意味で、これからがはじまり。
内田樹氏が「小田嶋さんの書くものはエッジが立ってるから、引っかかるんですよ。」(p228)という箇所がありました。
うん。わたしもどうやら「引っかかった」みたい(笑)。
ということで、ネット古本屋へと4~5冊注文。
ところで、「地雷を踏む勇気」(技術評論社)の
本文のはじまりに、小田嶋隆氏は
こういう言葉を置いております。
「東日本大震災から半年が経過しようとしている。
個人的には、3月11日からの半年間で、時代がすっかり変わってしまった感じを抱いている。震災以前の出来事は、たった1年前に起きた事件であっても、遠い昔の記憶であるように感じられる。不思議な感覚だ。震災を契機として、具体的に何が起こって、われわれの精神のどの部分がどんなふうに変化したのかについては、今後、長い時間をかけて、じっくりと検証しなければならないのだと思う。が、細かい点はともかく、わたくしども日本人の時代認識が、震災を機に変わってしまったことは確かだ。」(p11)
これから、どなたもが、
「不思議な感覚」を読み解く時間をはじめているのだろうなあ。
そういう意味で、これからがはじまり。