和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

正法眼蔵 縁ふかく いたる所に めぐりあう。

2018-05-14 | 古典
大岡信の「日本の古典詩歌」
(岩波書店・5巻+別巻)がありました。
はい。いつかは読もうと思いながら
本棚でホコリをかぶっている(笑)。

それはそうと、
大岡信の「日本の古典詩歌」の
別巻を、今回はとりあげます。
そのあとがきをひらくと、こうあります。

「本巻についていえば、実はこの選集では
『別巻』という巻立てなのだが、・・・・
本巻こそ、私の・・・最も自由に自分の考え方を
のべることができた文章が集められている巻だと
いうことができるかもしれない。」(p425)

この前には、こうありました。


「・・・・若いころから、
本当はまるでわかってはいないかもしれないのに、
一人合点と疑問の往復運動を重ねつつ読んできた
日本仏教の巨人たち、とりわけ道元の『正法眼蔵』
のような謎の一大団塊については、
自分で何かそれにふれたことを書いてはみても、
一向にぴたりと決まったことを書くことはできずにいる。

けれども、『正法眼蔵』を毎日々々新聞社への
通勤電車の中で立ち読みするような日々を重ねたとき、
私をとらえていたあの魅力と磁気は、
それから数十年を経た今でも私の中に生きていて、
結局その魅力の大きな部分は道元の用いる言葉、
つまりは日本語というものの畏るべき威力にあったと、
これは昔も思っていたが、
今はますます、そのように思っている。」(p424~)


ちなみに、この別巻のはじまりの文には
こんな箇所があるのでした。

「・・私は『正法眼蔵』は日本語の表現の観点からすると、
まぎれもなく最もすぐれた文学的言語構造体のひとつだと思っています」
(p4)


このくらいにして、
谷川俊太郎の父・谷川徹三に「道元」と題する文が
ありました。その初めの方にこんな箇所

「私は道元を語る資格をもつ者とは自ら思っていない。
私は道元の教えを奉ずる者でないばかりか、
道元の教えに常に違背しているだらしない生活者である。
しかし、もう永い間、折があると『正法眼蔵』を、
ひとりで勝手に読んでいる。・・・」


うん。大岡信と谷川徹三と二人の『正法眼蔵』に
ふれたところで、ここで、最後に、
谷川俊太郎の『芝生』に思いを馳せることにしたいのでした。

それは詩集『夜中に台所でぼくはきみに話かけたかった』の
はじまりの詩でした。詩全文を引用。


   芝生

 そして私はいつか
 どこかから来て
 不意にこの芝生の上に立っていた
 なすべきことはすべて
 私の細胞が記憶していた
 だから私は人間の形をし
 幸せについて語りさえしたのだ


うん。私はこの『芝生の上に』というのは
谷川徹三の上にということだと思うわけです。
そしてそれは、道元の芝生なんじゃないかと、
思ったりします。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする