本棚に、中西進氏の本があった。
以前に新刊で購入してそのまま、
置きっぱなしになっていました。
中西進著「詩をよむ歓び」(麗澤大学出版会)。
「はじめに」から引用。
「詩はことばの精粋(せいすい)です。」
「欧米では教育がまず詩から始まります。
ところが日本では学校でもわずかしか教えてもらえず、
卒業と同時に詩と無縁な生涯を過しがちです。
残念なことです。」
そのあとに、こんな箇所がありました。
「ぼう大な近代詩の中から何年もかけ、
苦心に苦心を重ねて、一人一編、全八十編
の名詩を選び抜きました。」
この言葉に、大仰さを感じたのかもしれません。
今なら、中西進という名前だけであらたまって、
読む姿勢や態度が、かわっている自分です(笑)。
「はじめに」の最後は、
「なお、この書物は麗澤大学出版会の
西脇禮門氏との長い交友を貴んで、出版するものです。
2006年 緑陰の山房にて 中西進 」
うん。全八十編の詩が、テーマごとに並び、
各詩のあとに、1ページほどの中西進氏の
コメントがついている。それだけの本です。
詩はむずかしいですね(笑)。
ややもすれば、知らずに通り過ぎてしまう。
たまたま、それが本棚にあった(笑)。
せっかくなので、この本の中の、
井上靖の詩「愛する人に」から、
その一部を引用。
「 さくらの花のように、
万朶(ばんだ)を飾らなくてもいい。
梅のように、
あの白い五枚の花弁のように、
香ぐわしく、きびしく、
まなこ見張り、
寒夜、なおひらくがいい。 」(p36~37)
う~ん。むずかしいですね。
元号が「令和」にならなければ、
きっと、この本をひらいて読み始めなかった
かもしれない一冊です。
まだ、ほかに79編の詩が載っている。
以前に新刊で購入してそのまま、
置きっぱなしになっていました。
中西進著「詩をよむ歓び」(麗澤大学出版会)。
「はじめに」から引用。
「詩はことばの精粋(せいすい)です。」
「欧米では教育がまず詩から始まります。
ところが日本では学校でもわずかしか教えてもらえず、
卒業と同時に詩と無縁な生涯を過しがちです。
残念なことです。」
そのあとに、こんな箇所がありました。
「ぼう大な近代詩の中から何年もかけ、
苦心に苦心を重ねて、一人一編、全八十編
の名詩を選び抜きました。」
この言葉に、大仰さを感じたのかもしれません。
今なら、中西進という名前だけであらたまって、
読む姿勢や態度が、かわっている自分です(笑)。
「はじめに」の最後は、
「なお、この書物は麗澤大学出版会の
西脇禮門氏との長い交友を貴んで、出版するものです。
2006年 緑陰の山房にて 中西進 」
うん。全八十編の詩が、テーマごとに並び、
各詩のあとに、1ページほどの中西進氏の
コメントがついている。それだけの本です。
詩はむずかしいですね(笑)。
ややもすれば、知らずに通り過ぎてしまう。
たまたま、それが本棚にあった(笑)。
せっかくなので、この本の中の、
井上靖の詩「愛する人に」から、
その一部を引用。
「 さくらの花のように、
万朶(ばんだ)を飾らなくてもいい。
梅のように、
あの白い五枚の花弁のように、
香ぐわしく、きびしく、
まなこ見張り、
寒夜、なおひらくがいい。 」(p36~37)
う~ん。むずかしいですね。
元号が「令和」にならなければ、
きっと、この本をひらいて読み始めなかった
かもしれない一冊です。
まだ、ほかに79編の詩が載っている。