先週の土日は少年サッカーの合宿
4年以上の希望者が泊まりでサッカー三昧
梅雨入りしたというのに快晴の二日間は
しっかり日焼けしたけれど大儲けだった
さて指導者が違うとサッカーの質も違い
必然的に練習方法、主に費やす練習の時間が違ってくる
正直、今でも悩んでしまうのは
勝つための練習がいいのか?ということ
一学年10人そこそこの友達でやっていると
ずば抜けて運動神経の良い子や
反対に今イチの子が混在する
その子達をいざ試合に!となると
勝つためには後者はスタメンから外されてしまう
それどころか練習時点でもフォーメーションの練習などには
参加できずにいる
勝たなければ面白くないし、モチベーションも上がらない!
そんな気持ちもわからないではない
しかし、どこか割り切れないものが残る
多分日本中の多くの指導者が同じ悩みを
抱えているのだろう
そして勝つためのシステムの問題
やっぱり日本人は体質的にシステム論が好きそうだ
4バック、3バック、
2ボランチ、3ボランチ
1トップ、2トップ、そしてリベロ等
効率的にゲームを進めるには監督のイメージする形を体現できれば
良いのだろう
しかし、自分はついつい子供達が窮屈そう!と思えて仕方ない
小学生の時点で、大人の縮小系みたいなサッカーはどうしても好きになれない
しばしば、残酷なくらい体力差が存在する事がある
だが身体能力の高いのは彼のせいではない
そうした子供に大人は体力に頼ったサッカーはいけない!と釘を刺す
だが本当にそうなのだろうか
身体能力のある子はその力を発揮したいに違いない
それを、味方にパスして、シュートは撃つな!は大いに疑問だ
自分なら、とにかくいけるところまでいけ
残酷なくらい一人で得点してもいい
ただし、きっと段々に緊張感が薄れて雑になるから
それだけは気をつけなさいと言う
そう、自分はシステム論よりも
選手の個性が生きる方法を考える
ドルブルの好きな子
前でチャンスを狙ってる子
やたらとあちこちに顔を出して上手くはないけど運動量の多い子
心配性でどうしても後ろの方で点を入れられないように待ち構えている子
走るのが速い子
膝が柔らかく左右の動きにも機敏についていける子
早くはないけれど比較的ミスの少ない子
プレーの質に、気性を考えて、
彼らが一番のびのびとサッカーを楽しめる方法を考えたい
そして今イチの運動神経の子も、明らかに上手くなっている事実を感じさせ
サッカーの楽しさを伝えたい
人間は部品やパーツではないのだから
取り替え可能なサッカーになるはずがない(まして小学生は)
自分はまず基本的にその個人の特徴を見つけようとする
次に、上手くできないプレーがあるとその練習方法を考える
必然的にそれらはみんな違うし、違っていいのだ
短い練習時間だからそんな事までできないのも事実だが
教えられたサッカーではなく
自分は自発的なサッカーが楽しい
雨後のタケノコのように、後から後から人が現れるようなサッカー
それは低学年の姿で、高学年には子供っぽいかもしれないが
この方が好きだな
サッカーは相手より点を多くとれば勝てるゲーム、
それとも
相手より失点が少なければ勝てるゲーム
現実的には後者をベースにチームづくりをしているところが多いだろうけれど
皆がFWをしたい素直な感情をいつまで認めてあげる事ができるのだろう
こうしてみると少年サッカーは何を目標に設定すべきなのだろう?
ただ言えるのは自分は勝利至上主義ではない事
自分は結果的にサッカーは楽しいものだと感じてもらいたいし
気づかない自分の個性、能力を発見し伸ばしてあげたいと思う
4年以上の希望者が泊まりでサッカー三昧
梅雨入りしたというのに快晴の二日間は
しっかり日焼けしたけれど大儲けだった
さて指導者が違うとサッカーの質も違い
必然的に練習方法、主に費やす練習の時間が違ってくる
正直、今でも悩んでしまうのは
勝つための練習がいいのか?ということ
一学年10人そこそこの友達でやっていると
ずば抜けて運動神経の良い子や
反対に今イチの子が混在する
その子達をいざ試合に!となると
勝つためには後者はスタメンから外されてしまう
それどころか練習時点でもフォーメーションの練習などには
参加できずにいる
勝たなければ面白くないし、モチベーションも上がらない!
そんな気持ちもわからないではない
しかし、どこか割り切れないものが残る
多分日本中の多くの指導者が同じ悩みを
抱えているのだろう
そして勝つためのシステムの問題
やっぱり日本人は体質的にシステム論が好きそうだ
4バック、3バック、
2ボランチ、3ボランチ
1トップ、2トップ、そしてリベロ等
効率的にゲームを進めるには監督のイメージする形を体現できれば
良いのだろう
しかし、自分はついつい子供達が窮屈そう!と思えて仕方ない
小学生の時点で、大人の縮小系みたいなサッカーはどうしても好きになれない
しばしば、残酷なくらい体力差が存在する事がある
だが身体能力の高いのは彼のせいではない
そうした子供に大人は体力に頼ったサッカーはいけない!と釘を刺す
だが本当にそうなのだろうか
身体能力のある子はその力を発揮したいに違いない
それを、味方にパスして、シュートは撃つな!は大いに疑問だ
自分なら、とにかくいけるところまでいけ
残酷なくらい一人で得点してもいい
ただし、きっと段々に緊張感が薄れて雑になるから
それだけは気をつけなさいと言う
そう、自分はシステム論よりも
選手の個性が生きる方法を考える
ドルブルの好きな子
前でチャンスを狙ってる子
やたらとあちこちに顔を出して上手くはないけど運動量の多い子
心配性でどうしても後ろの方で点を入れられないように待ち構えている子
走るのが速い子
膝が柔らかく左右の動きにも機敏についていける子
早くはないけれど比較的ミスの少ない子
プレーの質に、気性を考えて、
彼らが一番のびのびとサッカーを楽しめる方法を考えたい
そして今イチの運動神経の子も、明らかに上手くなっている事実を感じさせ
サッカーの楽しさを伝えたい
人間は部品やパーツではないのだから
取り替え可能なサッカーになるはずがない(まして小学生は)
自分はまず基本的にその個人の特徴を見つけようとする
次に、上手くできないプレーがあるとその練習方法を考える
必然的にそれらはみんな違うし、違っていいのだ
短い練習時間だからそんな事までできないのも事実だが
教えられたサッカーではなく
自分は自発的なサッカーが楽しい
雨後のタケノコのように、後から後から人が現れるようなサッカー
それは低学年の姿で、高学年には子供っぽいかもしれないが
この方が好きだな
サッカーは相手より点を多くとれば勝てるゲーム、
それとも
相手より失点が少なければ勝てるゲーム
現実的には後者をベースにチームづくりをしているところが多いだろうけれど
皆がFWをしたい素直な感情をいつまで認めてあげる事ができるのだろう
こうしてみると少年サッカーは何を目標に設定すべきなのだろう?
ただ言えるのは自分は勝利至上主義ではない事
自分は結果的にサッカーは楽しいものだと感じてもらいたいし
気づかない自分の個性、能力を発見し伸ばしてあげたいと思う