パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

豊穣の海「暁の寺」(やはり相性は良くない)

2022年02月09日 17時27分56秒 | 

三島由紀夫の豊穣の海の三作目「暁の寺」
やっと再読できた
しばらく放ったらかしにしていたのでストーリーはうろ覚えだが
先日の「三島由紀夫VS東大全共闘」のドキュメンタリーを見た後なので
少し頑張って読んでみた


本は昭和46年発刊 第13版、341ページで価格は660円
信じられないくらい安い
このシリーズの本の装丁はとてもいい
本の内容自体よりも装丁の方が気にいっている

変な物語だな!が偽らざる印象
生まれ変わりの物語だからそう思うのではなくて
出てくる登場人物が変な人が多い
どこか意地が悪い様な、ひねくれている人物が何人も登場する
4部作だから第一作、第二作で登場した人物も出てくるが
みんな変な人たちばかりだ
「奔馬」では勲の恋人として登場し、暗殺計画を密告した槙子は
和歌の先生として再び舞台にあがるが、その役割は劇的というよりは
嫌な感じを醸し出すためのように思えてしまう

相性が良くないのは、登場人物に変な人が多いためだ
確かに饒舌な独特の濃厚さを持つ表現は独特でそれをあまり添削しないで
スラスラ書いていく能力は天才の為せる技とは感じる
でもどうしても、登場人物の変人ぶりについていけない

他の人の小説にも確かに変な人が登場する
変人のオンパレードのドストエフスキーでも、登場人物は彼の生を必死で生きている
ヘッセの作品も真面目ゆえに変人ぽい人物が
内的な成熟を感じさせる教養小説のように物語は続く
そして読んでるうちにその生き方に共感し自分と重ね合わせる

しかし、三島由紀夫はどこか人工的だ
生身の人間が感じる何かとは違う
目の前にあるのは彼の感じた「美意識・観念の世界」で
それが受け入れられないと、どうもしんどい

そういえば、やはり最後まで読めないでいる「金閣寺」にも
変な人物は出てくる

結局のところ、どんなに才能があろうが自分とは合わないな!
それをまたもや強く実感した

だが歳を重ねると物語全体の構成に関心が行くこともあるので
ここまで来たら最後の「天人五衰」も文句を言いながら読むことにするか

コメント
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