大好きな祖母が亡くなって以来、仏壇に食事を供えて般若心経を唱えている
心情的に仏教徒ではないが、わざわざ我が家のしきたりに反抗することもないので
良い意味での惰性に従っている
はじめは般若心経を覚えるのは、格好良いくらいの感じだった
同居人も一緒に覚えることになった
「般若心経は無の字が多いね」そんな感想を漏らす同居人
写経をするには、一つ一つの文字の画数が多いので大変だ
(知り合いが写経したものを額装してプレゼントしてくれた)
お盆のこの時期、一年ぶりに我が家に帰ってきたご先祖様に
朝昼晩と般若心経を唱える
いつもは木魚なしなので、ハイスピードで唱えることができるが
今は木魚を叩きながらなので、スピードはいつもよりゆっくりだ
般若心経の内容は、相変わらずわからないままだ
「色即是空、空想是色」が基本概念らしいが
解説文を読んでもよくわからない
というか、それらの理屈がリアリティを持って感じられない
分かっていなくても、毎日続ける
それが日課になると、同居人との一緒の行為・行事で
それが貴重なもののように思われる
我が家に帰ってきた人たちは、何も食べずに今日の晩には
また元の場所に帰っていく
それが単なる思いつきの考えであったとしても
なんかとても優しい思想のように思える
確か明日の朝は、般若心経を唱えなくてもいいとか
(まだ旅の途中だからという理由で)
こうして少しづつ夏が過ぎていく