今日も書き残しておいたものの紹介
ひと頃、朝ナマにでていた西部邁さんはなんとなく好きだった
幅広い知識と洞察力、そして人間の情けないところを理解して
それらをベースに説く話は右左に関係なく聞くに値するものだった
西部さんの「幻想の保守」からの一部引用
保守主義は宗教に対する狂信と科学に対する盲信とをともに回避したうえで、いわば進歩の中庸化を図ろうとするものである。しかし、その中庸は決して単なる平準化・平均化なのではない。科学によって代表される合理性と宗教によって代表される非合理性のあいだに、つまり対立する価値のあいだに際どく平衡を与える知恵の集積、保守主義が保守しようとするのはそれである。保守主義は人間の完全可能性を信じない。それは人間が知的にも道徳的にも不完全であるという前提から出発する。
もう一人気になっている人が佐伯啓思さん
もう一人気になっていた人が佐伯啓思さん
この方も知識量が半端ではなくそれが人格につながっていて参考になることが多かった
その人の「近代の虚妄」から
「今日の大衆は、彼らが喫茶店からえた結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである」
「相互的な寛容」や「組織的な自制心」や「手続きへの信頼」が民主主義を支えるとしてもこれらの「暗黙の規範」そのものは、民主主義から生み出されるわけはないのだ。いや政治的でさえない。それはひとつの国の自生的な文化や歴史的経験、社会的な意識の中で形成されるほかない。「コモンセンス」つまり常識である。
西部さん、佐伯さん、丸山眞男さん
こうした人と比べると今の知識人の軽いことに不安を覚えるのは
文句が言いたい老人だからだろうか