パンセ(みたいなものを目指して)

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奈良時代は女性にもいい時代だったかも

2024年07月11日 09時58分24秒 | あれこれ考えること

京都人がアメリカ大統領選の公開討論会を見たならば
そのストレートな物言いに驚くだろう
そして品のない、、と呆れるかもしれない

京都人は考えを表に出すことには注意を払っていたようだ
安易な発言は政権闘争のどちらに属しているかがわかってしまい
敵味方を区別されてしまうので、なるべく本音がわからない言い方をしたそうだ
それは生活の知恵とも言えるが、そこから生まれた美醜の感覚は
気取っているとの一言では片付けられない何かがあるように思える

「光る君へ」では定子のサロンを始めとする女性の活躍の場が描かれているが
そこでの教養の深さは男の世界にも必要で、その価値観は政治の表舞台に役立つものとなっている
だが紫式部も清少納言も本名ではなく、いわばあだ名のようなものだった
ところが一時代前の奈良時代は女性の名前も本名で記録に残されていたそうだ
しかも政治的な書物(続日本紀)に

昨日録画しておいたNHK先人たちの知恵泉
 「奈良時代のキャリア戦略 女官たちの立身出世術」は面白かった
ここでは二人の女官が登場した
天武天皇の時代から4世代にわたって仕え、異例な出世を果たした飯高宿禰諸高と
孝謙天皇に使えた和気広虫の二人だ

後者の和気広虫はどこか聞いたことのある名前だと思っていたが
後に和気清麻呂の姉ということがわかった(それで見聞きしたことがあったのかもしれない)
この女性はなかなか人格者で、路頭に迷う子どもたちを何十人も親代わりになって育てたそうだ

孝謙天皇と言えば、道鏡の宇佐神宮の神託の事件がある
道鏡を天皇にすれば社会・政治は良いことがあると宇佐神宮の神託がでたので
その真偽を確かめるために孝謙天皇は信頼していた和気広虫に宇佐神宮に派遣しようとした
彼女が行くことは体力的に無理だったので弟の和気清麻呂が行くことになったのだが
宇佐神宮の神託は、今度は全くの反対の内容だった
子どもたちの親代わりをする広虫の生き方は、道鏡への宇佐神宮の神託の否定につながって
それは彼女らしいと想像できるが、この姉と弟の行為(判断)に怒った孝謙天皇は
和気広虫を別部広虫売(わけべ の ひろむしめ)和気清麻呂を別部穢麻呂(わけべ の きたなまろ)
と改名させてしまう

結果的に彼らの判断は、道鏡の支配を防いだことになるが、
この和気清麻呂のストーリーを絵にしたものを自分は京都御所の近くで見たことがある
それが御所近くだったことは覚えているが、どこかは覚えていないのが情けない

ともかく、女性と言えども有能な人物は抜擢した奈良時代から
女性の教養サロンはあるが政治の表舞台にはでられなくなった平安時代は
少し残念に気がするが、それは「薬子の乱」がきっかけとなったらしい
「薬子の乱」も名前は聞いたことがあるが内容は覚えていない

つまりは政治制度は歴史の出来事を踏まえていろいろ変わるということだ
歴史を知るということは、想像以上に役立つかもしれないと思うのが
最近の実感

歴史を知ることとは、社会主義とか共産主義が生まれるきっかけとか必然性にも通じる話で
「歴史の終わり」(フランシス・フクヤマ著)資本主義社会対共産主義社会の
対立は終わったと思われたが、その勝ち残ったはずの資本主義に問題点として取り上げられたのが
「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン著)とか「21世紀の資本」(トマ・ピケティ)
つまりは人間の行うことはどこか不完全ということ
そしてそれらの不完全さを補うものとか、不完全さを生まないようにする方法としての
歴史の知恵を学ぶことは大事だと思う

それにしても知らないことの多いこと
薬子の乱も飯高宿禰諸高も











 

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