生成AIがものすごいスピードで普及し始めている
一年前に面白半分で、CHATGPTを使ってみたが
今はX(旧ツイッター)でもGrokという欄があり
そこでCHATGPTみたいな使い方ができる
そこで出てきた答えは、前提となる集めた情報が偏っているかもしれず
必ずしも正しいとは限らないと認識した上で試しているが
それでも卒のないまとめ方には驚いてしまう
昨日の夜、スマホでこれらのお利口さんに聞いてみた
「民事裁判と刑事裁判の判断基準に違いがありますか?」
「自然法と実定法の違いは何ですか?より上位なのはどちらですか?」
「USAIDのお金は海外に流れていると言われてますが、実態はアメリカ企業に
使われることが多いとの説もあります どちらが本当ですか?」
これらの問は、思いのほか勘違いしている人の多いと思われるもので
(そもそもそんなことに関心のない人が多いと思われるが)
これらをまずは知っておく、正しい理解をしておくということは
物事を根本から理解するのは役立つものと思われる
刑事裁判は強制的な罰の判定をすることがあるので
冤罪などが起きないように慎重に慎重を重ねて進めていく
そして「疑わしきは被告の利益に」という言葉に代表される判断がくだされる
裁判といえば、この考え方があたり前のように思っている人が多いが
民事裁判では(自分も経験したが)この理屈で成り立っていない
それは罰を決めるのではなく、私人間の権利義務関係を解決し
損害賠償や契約履行などの救済を与えることが目的だからだ
簡単に言えば、不法行為で損害を負った人を救うのが目的なのが
民事裁判ということになる
そしてそれは原告と被告のどちらの主張のほうがより証拠によって
裏付けられているかを判断するもので、判断のハードルは刑事裁判ほど
厳密ではなさそうだ
それでも問題は(これは自分らの実感したが)裁判官個人の裁量が
かなり大きく、不満が起きることは否めない
話は飛んで、兵庫県の百条委員会について、いろんな意見や考え方が見られるが
これは刑事裁判的な結論を求めるものではなくて
様々な情報から、普通の人が覚える感覚はどちらのほうに妥当性があるか
を時間をかけて調べたというもので、単にパワハラがあった
本当はなかった!と決めるものではないと理解している
そう感じても無理はないなあ、、と常識的な判断を下したと思われるが
ここで問題となるのは、常識的な判断という部分
常識的なものとは人が生まれながらに持っているとされる正義感とか
倫理観を基にした考えだ
ところが最近は法にないから(書かれた法律にないから)と
暗黙のルールを破って暴走する人が出来きて
それは表現の自由だとの主張をする
これは実定法(書かれた法律)のほうが、正義感とか倫理観に基づく
自然法よりも上位としている考え方で、それがノーブレーキに広まりすぎて
人間社会を息苦しくしているように思う
アメリカのUSAID問題は、無駄金の問題だけでなく、実態として
それに関わる人々の雇用問題にもつながっているので
資金運用が無駄か否かだけでは判断すべきではないようだ
ということで、人間社会はややこしな!
といった相変わらず抽象的なお話
でも、いろんな概念とか情報を知ること、知ろうとすることは大事だと思う
まとまらない話
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