パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

一人ぼっちとダブル(ニューキャッスル・アライアンス会議の会場にて)

2018年10月09日 08時21分20秒 | あれこれ考えること

東京や京都なら珍しくもなんともないかもしれないが
愛知県のなんの特徴もない地方都市(新城)に100人を超える外国人が一気に集まって
この地区の空気を吸い、自国では感じられない臭いを感じ、静かなのか賑やか(祭りの最中だったので)なのか
わからない音を耳にして、外国人にとっては想像してきたことと違った思いを持つようになった(だろう)と思われる
ニューキャッスル・アライアンス会議in新城

その6日めの行事(ディスカッション4)を覗きに行った
何かのためにとか、次に活かそうとか言うのではなく単なる好奇心からで
普段当たり前のように感じている思考方法とか進め方が、他の国ではどんなだろうか
そんなことが知りたかった

もしかしたらニューキャッスル・アライアンス会議の肝となるかもしれないディスカッションだが
当事者・関係者以外の人はあまり多くなかった
当たり前といえば当たり前かもしれない、その会議に部外者は参加できるわけでもなく
話されている内容も最初とか纏めの段階では同時通訳で内容を把握できるが
肝心の議論の場面(各テーブルに分かれた)では何が話されているかわからなかった

会場には、以前市が主催した何かの会議でテーブルを一緒にしたことのある市の職員(議会で答弁するポジション)の方がいた
「公務ですか?」
「いやいや、単なる興味から」
なるほど服装はスタッフのそれではなくネームプレートもつけていない
とても気さくな方で、それぞれ今までの感想を話しながら会場に向かった

ディスカッション4はテーマがビジネス
それまでに、過去のアライアンス会議の振り返り(1)・観光(2)・教育(3)が行われており
この日が最後の締めとなる催し
会場は予め10個ほどの丸い机が準備されており、その周りに各参加国のメンバーが座って
冒頭の挨拶で紹介されたビジネスのテーマに沿って各人が討論を行い
30分ほど経過した段階で纏めた意見を発表するというもの
(よくあるグループワークみたいだがKJ法ではない)

各テーブルで話されている言語は英語
見物客である自分ら(自分と職員の方)の近くは日本語の話せるひとが集まってところどころ
聞き取ることができたが、現実は話している様子を見ているだけ

ここでとても気になって仕方ない状況が一つあった
10人ほど座れるテーブル、ほとんどは人が溢れて口角泡を飛ばすというような状況なのに
一つのテーブルだけポツンと一人しかいない
彼はそこに座って寝ているのかパンフレットを見ているかわからない
そのうち誰かが寄ってくるのだろうか、、、と心配になったがどうやらその気配はなさそう
そうなると現場で何が話されているのかというよりも彼のことのほうが気になって仕方ない

彼はこの時間辛く退屈で面白くないと感じてはいないだろうか
地元の人間としてのホスピタリティとしてこのままでいいんだろうか、、
そんなことを思っている間に時間はどんどん過ぎていく

このままこの時間を過ごさせることは間違いだ、、できることはないかと思ったが
メンバーではない自分ら観客はどうすることもできない
でも、とうとうにしびれを切らして隣に座っている市の職員の方に「行こう!」と声をかけ
近くにいた運営スタッフに、一人でいる彼の近くに行ける人はいないか探してもらうように二人で声がけした
そしておせっかにもそれだけでなく、おそらく会議の参加メンバーとも思われる若い男性(大学生くらい)二人に
あの一人でいるところへ行って話し相手になってくれないか、、と依頼をした
折角の機会だから、、思い切って、、
彼ら若者としては何がなんだかわからないだろうが、自分らの勢いに負けて(?)
そのテーブルに移動をして話し相手(?)になることになった

と言っても何を話していいかわからない
ひとりぼっちでいることは気難しい人なんだろうか、、
若者たちも最初の言葉が出てこない
彼の話相手は若者二人と行きがかり上、市の職員の方そして自分の4人、これが会のルールに則っていたかは知らないが
とにかく、彼につまらない時間だったとは思わせたくない(というのが自分の気持ちだった)

でも結果的にはこの一人でいた方は気さくな方だった
テーマのビジネスとの話をできたわけではなかったが、ビールの話とか、自動車産業の話(雇用)とか
若者は何を学んでいるのかとか、英語は世界語になっているがドイツ語はそこまでになっていないとか
全部が全部理解したわけではなかっただろうが、なんとか会話しようとする気持ちはお互いに通じたような
そんな空気が流れて、会話が終わったとき彼は自国から持参したちょっとしたアイテム(栓抜き)を
若者にプレゼントした

これで新城に来た今回の印象は、少なくとも悪くはなかっただろうな、、と思えるようで
少しばかりホッとした

ところで公務ではなく自発的に私服で来られた職員の方、自分はボケーと同時通訳の話を聞いていただけだったが
彼はこまめにメモを手帳にとっていた
きっと彼は何かに活かすんだろうな、、そんなことが想像できて、その真面目さに救われるような思いをもった

気になった会議の進め方や発表の仕方は、無駄のないテキパキとしたもので
何が決まりその担当を誰にするか、、そういったことが、有無を言わさず決まっていった
流石に意欲のある方々の集合で理解が早いし、責任感も強い、日本のように周りの空気を読みながら
決断するというのはない感じで、、短い時間で物事が進んでいくのは納得できる

このディスカッションで決まったことは案外定番的なことで、
今後これを如何に実践していくかが問われることになるのは、どのような会議でも見られること
都市の大きさや文化の違い、置かれている状況の違いを乗り越えて、さてどうするか、、、

この日、職員の方と自分の座っている隣に日本語の堪能な外国人風の女性がいた
聞けばお母さんが日本人だとのこと
「最近、ハーフじゃなくて、ダブルと言う言い方をするようになっているみたいですね」
(半分半分じゃなくて、各人種の良いとこどりが二倍の)
「わたしもその言い方広めたとと思っています」

最近日本では勝手に民族で区別して、根拠のない優劣を決めつけるような風潮が見られる
かつてナチスではユダヤ人の定義(ニュルンベルク法)で無理やり人々を区別して
あのとんでもないことをしでかしてしまうことになったが
それを思えば日本でも単なる民族で優劣とか善悪を簡単に決める行為は良くないもとの想像がつきそうなものだが

今後もっと増えるだろうと思われる「良いとこどりのダブル」
ダブルの概念が、もっと広がるといいな、、









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