◆リニア新幹線を考える
リニア新幹線は、はたして自治体に好影響を与えられるのか、光の部分だけが強調されているようだが、特に長野県のルートに関して、南アルプスルート以外では、長野県全体にとって不利益が生じる可能性がある、本日はこれについて深く考えてみたい。
中央新幹線、通称リニア新幹線はこれまでの新幹線とは世代の違う高速鉄道として建設される構想であるが、現在、JR東海と長野県との間で、最短距離での建設を行うか長野県の諏訪を経由するかで、論争が続いている。昨日は、東京と名古屋を移動する視点にたち、諏訪を経由した場合は、運賃、所要時間が一割以上増加する、という問題点を指摘した。本日は、長野県の立場に立ち、諏訪経由のルートは果たして長野県全体の鉄道輸送にどのような影響を与えるかについて論じる。
現在、最も大きく議論されているのは、東海道新幹線の、のぞみ号をより上回る速度での運航を目指し、東京から名古屋まで南アルプス地下において大深度地下トンネル工事を行い最短距離で運行することにより、所要時間、運賃、工期を短縮しよう、というJR東海に対し、長野県の人口密集地域を経由する大深度地下工事を経ず大きく迂回することで人工5万名の諏訪市などにリニア新幹線の駅を建築し、地域振興に充てよう、という長野県側の要望である。
ここで考えなければならないのは、長野県が求める諏訪地区経由の伊那谷ルートは、東京から甲府、塩尻、中津川を経て名古屋に至る、中央本線とかなりの部分で重複しているということである。中央本線は、中央線特別快速として東京から高尾まで運行されている区間では、リニア新幹線が品川から神奈川県を経由して整備される構想となっているため、重複とはならないものの、甲府から塩尻に至る路線、そして塩尻から中津川、名古屋に至るルートでは、重複する部分が多くなってくる。
在来線と新幹線の競合、新幹線は、その速い速度と多数の運行本数により、大都市間の交通の主流としての地位を不動にした。他方で、これにより、これまで多くの在来線特急が廃止の道をたどってきた。代表的なのは九州ブルートレインなど、多数の寝台特急であり、今年三月、最後の九州ブルートレインである寝台特急富士・はやぶさ、が廃止されたことは記憶に新しい。
たとえば、北陸本線特急の雷鳥、サンダーバード、しらさぎ、といった特急体系は、北陸新幹線金沢開業後、そして金沢から大阪までの区間が開業したならば、最終的に廃止される可能性が高い。もちろん、新幹線として、らいちょう、の名前は残る可能性はあるものの、北陸本線特急の継続には不透明な点が残る。北陸新幹線沿線が興隆を極めるのと対照的に、北陸新幹線と並行する北陸本線沿線の今後については、逆に過疎が進むのではないか、という問題が挙げられる。リニア新幹線と中央本線が並行線となれば、こうした危惧が生まれてくることも考えねばならない。
リニア新幹線が中央線と並行した場合、競合する特急は二本。特急しなの、ワイドビューしなの号は、振り子式制御う方式を採用した最高速度130km/hでの営業運転が可能な高性能の383系電車にて運行されており、名古屋駅を経て金山、千種、多治見、恵那、中津川、南木曾、上松、木曽福島、塩尻、松本、明科、聖高原、篠ノ井、長野を結んでいる特急で、一日一往復は、大阪から京都を経て長野までの長距離を運行している。
特急あずさ号は、新宿駅より三鷹、立川、八王子、大槻、塩山、山梨市、甲府、韮崎、小淵沢、富士見、茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷、塩尻、松本という区間を運行しており130km/hでの営業運転が可能な新型のE257系、同じく130km/hでの営業運転が可能で、振り子式制御装置も搭載された高性能な車両E351系特急車により運行されている。
伊那谷ルートで押し通した場合、東京を出発し、甲府を経由、そして諏訪に至るという中央本線と重なる区間があり、とくにリニア新幹線の運行がJR東海により運行されることとなる為、JR東日本により運行されている特急あずさ、については、廃止される可能性、もしくは大幅に運行本数を減らされる可能性が高い。即ち、諏訪、塩尻、松本の区間を快速などで代替すれば、あずさ号を維持する必然性は低く、高尾から東京までの区間は通勤輸送需要が逼迫していることから、リニア新幹線に流れる旅客数によって存続は危機にさらされることとなる。
ワイドビューしなの、についてもリニアとの関係上、問題がある。伊那谷ルートであれば、同じく松本の南に諏訪があることから、中津川、名古屋までの区間で、中央本線と重複することとなるので、旅客乗降数の多い駅において、在来線特急からリニア新幹線にシフトしてしまい、自動的に特急しなの、についても存続の危機に立たされることとなる。
リニア新幹線が建設され、仮に長野県が駅施設建設費を負担し、複数の駅が出来たとしても、しなの、あずさ、が利用客数の減少により廃止されれば、結果的に現在の特急停車駅であり、且つ、リニア新幹線が停車しない地域と、リニア新幹線の停車する地域との間で、深刻な地価の下落、過疎化が進展する可能性は高い。
南アルプスルートにてリニア新幹線が建設されるならば、特急あずさ号は中央本線の甲府でリニア新幹線と連絡するものの、松本市への旅客需要がリニア新幹線に流れることは無いため、継続して運行することが可能となる。特急になの、はどうか、中津川と名古屋の区間では中央本線を重複するのだが、特急しなの、については、中津川と名古屋間での輸送需要よりも、諏訪以北の輸送需要の方が大きいことから維持される可能性が高い。
他方で、南アルプスルートが選択された場合、伊那地域にリニア駅が建設される可能性があるが、この地域の特急は大丈夫なのか。特急伊那路として、373系特急電車により飯田線において豊橋駅から豊川、新城、本長篠、湯谷温泉、水窪、平岡、温田、天竜峡、飯田の間で運行されている特急があるが、こちらは、リニア新幹線が南アルプスルートを経由した場合でも、もともと本数が非常に少ないことと、リニア新幹線の経路とはかなり離れていることで、維持される可能性は高い。
長野県の社会生活や経済活動に、あずさ号、しなの号が果たしてきた役割は大きいはずである。しかし、あずさ号、しなの号ともに、旅客輸送の中心がリニア新幹線に移行してしまえば、その維持が難しくなってくる。全国の整備新幹線計画と共に延伸する新幹線、そして逆に並行する在来線が大きく減退し、在来線沿線に経済的や社会的な著しいマイナス面も生じていることは、忘れてはならないようにも思う。
もっとも、リニア新幹線停車駅以外の在来線特急停車駅沿線の住民が、特急が仮に廃止された場合でも、その社会生活や経済活動に大きな影響が無いと、支持するのであればこの限りではないが、リニア新幹線伊那谷ルートの選択は、長野県に大きなマイナスとなる可能性があることも認識する必要があるように思う次第。そして、もうひとつ、大きなリスクが存在するのだが、これは次回議論したい。
HARUNA
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