イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

Howの人生よりWhatの人生!

2008-02-15 | 第三章「無意識の世界」

 自分の人生で、チャレンジの時を考えると、どうしても5年前のサラリーマンを辞めたときのことを思い出す。勿論、高校生のころや、大学生のころ、就職してからもいろいろなチャレンジがあった。

 ただ、基本的なこととして、何か与えられたレールの上を走るようなところがあって、自分で何かをやった気がしなかった。そして、家族の問題や父の死を経験した40歳台から、その違和感が増大していったように思う。依存的な人生ではなく、もっと自立した人生をということだろうか?

 その違和感に気がついたかは、ある異業種交流会に参加したときであった。各自が今の問題をプレゼンテーションしたのであるが、私の場合は、当然ながらサラリーマンであり、所詮立場は社長、経営者と異なり、自分の与えられた仕事を如何にどうするか? という狭い生き方を感じた。

 多くの参加者は一国一城の主であり、何をするか(What)ということが重要なテーマであった。与えられた狭い問題を解くHowの人生。それも重要だと思ったが、自分の生き甲斐を見つけながらのWhatの人生を歩みたかった。

 生き甲斐は、お金や地位や名誉とは異なるとも思った。自分の死を想いつつ、また信仰等を見据えて、自分の深いところから出てくる何かを実現していきたかった。ただ、まだ辞めた訳でないので、具体的に何をするのか、どう生きるかはピンとこなかったが、それでも良いと思った。

 この中で、自分を辞めるように追い込むために、いろいろ努力をした。辞める一年前には、やめる方向性を決め、特に数か月リラックスしながら自問自答を試みた。今から思えば、無理なく自分の結論を深めたのが良かった。さらに、経済的な問題等感謝すべきことが沢山あった。

 そして実際に計画を実行に移したとき、家族の反対もあり、職場の反対もあり、想像以上に自分の意志は揺らいだ。しかし、不思議な経過を辿りつつ退職が決定した。この時は、自分の意識の世界というより、無意識の世界の存在を強く感じたものだ。

<挑戦の時2/4>

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