イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

若いころの悩み方から脱出して、すっきり!(五感・体感を考える 5/10)

2010-09-20 | 第二章「五感と体感」
 奈良時代の歴史書には、意外に動物が出てくる。白いキジが見つかり、これは瑞祥ということで年号が白雉と改まったりした。その他にもカラスとかシカとかいろいろ出てくる。中国大陸からの思想の影響もあるが、日本に今でもなじみの動物が同じように生きていたことが判る。

 そんなこともあり、今日は連休の最終日であったが、多摩動物園に行き、日本にお馴染みの動物をじっくり見学させていただいた。猿、兎、雉、ネズミ、イノシシ、カモ、やぎ・・・じっくり見ていると時間がいくらあっても足りないので、今日は動物園のほんの一部だけを見学して帰ることにした。

 さて、見学コース近くの、モウコノウマ(蒙古野馬のようである)の前で職員の方でしょうか、いろいろ説明されているがいらっしゃって、足を止めてお聴きした。ちょっとずんぐりして、たてがみが立っている馬が3頭、遠くのほうに見えたが、そのうちの一頭がこちらに歩いてきた。2歳の牝馬だそうで人間でいうと10歳くらいだそうだ。若い馬は好奇心に溢れていて、こちらに真っ先にやってきたようだ。

 後で、フルールという名前の馬であることを知った。かつてはジンギスカンが世界を侵略し、日本にも元寇でやってきたが、その当時から(もっと昔からだろうが)にもいた馬なのかなと思いワクワクした。なお、モウコノウマは現存する野生馬で唯一のもので貴重な動物だそうだ(Wikipediaによると)。

 さて、フルールを見ながら、若い好奇心に溢れている生命の美しさを感じたが、若いころ、幼いころの経験が長い人生に暗い影を落としてしまうことを最近よく考える。昔のことなので真相は掴みにくいことが、頭を柔軟にして思い巡らせば、時に自己肯定・他者肯定の再解釈に落ち着き、暗い気分を一掃できることもあった。もちろん、はっきりとした再解釈に至らなくても、楽になることが殆ど。昔書いたブログに≪幼いころの勘違いに気づく効用≫があり、どうぞご参考に。

 そして、楽になって自分なりの真善美に到達すると、何か五感・体感が冴えてくるように思うのだが。

五感・体感を考える 5/10

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蝶のように、ストレスを味方につける!(五感・体感を考える 4/10)

2010-09-19 | 第二章「五感と体感」
五感・体感をシャープにし、活力のある生活をするためにどうすれば良いか。休息をとったり、真善美を大切にしたり、いろいろあるが、身近な自分のストレス(感情)を見方につけることも大切だと思う。

 ストレス(暗い感情)は、自分のもつ理想と現実のギャップから生じるという≪生き甲斐の心理学≫の理論がある。これは、単純であるが非常に応用範囲が広く、私も日々大変お世話になっている。

 通常、ストレスは避けるもののように考えられるが、憎いかたきというより、日々生きる上の大切な相棒やみかた(ちょっと癖があるけど)と考えた方がよい。

 例えば、ストレスを感じる時、できれば、それがどんな感情かを具体的に味わってみよう。例えば、ほんの一瞬感じた不安感があるとする。それは宝物のようである。そして、その体感されたストレスを、何故感じたのか等、自問自答してみよう。

 自分の理想(意識されたもの意識されないものもある)がどうなのか、それに対して現実(意識されたものもあるが、意識されないものもある)はどうなのか。そんなことをのんびり考えるのだ。例えば、時計を見て慌てる。これは、XX時までの約束を守りたい。現在YY時で遅刻の可能性がある。そのギャップが不安。理想も現実も意識の上にある、簡単な事例。しかし、人生の大問題もおおよそ同じように類推することができる。

 何か不安だから、Aについて考える。Bについて考える。・・・というのではなく。不安そのものを味わってから、Aからくる不安か、Bからくるものか・・・と体感ベースで自問自答するのである。ちょっとした訓練が必要ではあるが、静かにストレスの原因を、≪大切な≫自分に訊いてみよう(大切にしないと、普通は教えてくれない)。上手くいけば、原因が探し出され、解釈を変えたりする対策が出たりで、ストレスが解消される。ただ、判らないまでも、A,B、Cといろいろ頭の中だけで考えるよて悪循環に陥るより、よっぽど良い。体感を意識するのは、とても大事。

 蝶は花から花へあてどもなく飛びまわるようだが、ちょっと観察すれば好きな蜜を獲得する行動だ。蝶もストレス(蜜の匂いとお腹の具合のギャップだろうか)を味方にして、甘い蜜をとらまえている。

五感・体感を考える 4/10

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初心の≪体感≫・・・忘れない!(五感・体感を考える 3/10)

2010-09-18 | 第二章「五感と体感」
アラスカに小学生の時行って、初めて現地の小学校(勿論英語ばかり)の教室に入った時。

 その後も、人生の節目にはいろいろと初心の時があった。そして、これからもあるだろう。

 初心というと、何か素晴らしい考えがあって・・・というイメージがあるが、私は何か初心という≪体感≫が先のような気がする。≪のうがき≫より≪体感≫ではないだろうか。先が見えない中、まず意を決し飛び込む。その感覚である。飛び込むと、それが波動となって、何かが起こり出す。良いこともあれば嫌なこともある。そして時間とともに、波動の原点であった初心が忘れられてしまい、マンネリというか倦怠感が漂うになる。

 初心は爽やかな不安感とでも表現しようか、やけっぱちと慎重、謙虚と傲慢・・・そんな感情の中で揺れ動く波動のようなものではないか。未知であり、はっきりしない感情であり・・・結局は変化への種なのだ。

 初心の小さなものは日常生活の中に沢山ある。たとえば、何か話すという行為(ブログを書くことも)も、初めにこう話そうと考え抜いて話出すのではなく、初めに≪体感≫があって、それが話す中で出来てくる。

 小さい例のついでに、大きいものも考えてみよう。最大に大きいものは、人生そのものかもしれない。幼いころのある時の体感。それがひょっとすると、それからの人生を左右する、ドラマの初心の≪体感≫。初期条件が全てとは言わないまでも、かなり人生を左右するのだ。

 私の、そうした初心の体感は何だろう。今度の町田の勉強会では、それを考え抜いてみたい。


五感・体感を考える 3/10

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生き残るための五感と体感!(五感・体感を考える 2/10)

2010-09-17 | 第二章「五感と体感」
最近、歴史の本だけでは物足りなくなり、小説を読むようになった。今は、黒岩重吾の「弓削道鏡」を読んでいる。小説は、単なる事実だけではなく、様々な状況を体感させてくれる。

 例えば、藤原仲麻呂がほぼ政権を完全に握っていたにも関わらず、孝謙天皇ー道鏡ー吉備真備の緊密な連携の中で、いくつかの判断ミスを犯し、最後は逆賊として一家皆殺しにされてしまう。いくら、一時頂点を極めても、五感・体感が狂ったり、判断がこころの防衛機制で覆われて適切でなければ、あっという間に政敵に倒されてしまう。しかし、吉備真備は凄いタフな人だなぁ(二回も遣唐使に行き、80近くまで権謀術策の奈良時代をバリバリ生き抜く)。

 もし、藤原の仲麻呂が知性だけでなく、五感・体感をうまく捉え、しかも防衛機制で曇ることのない判断力があれば、歴史は全く違う方向。例えば、孝謙天皇幽閉、道鏡・真備(何回目かの)失脚などとなっていたかもしれない。

 命を掛けた政争や戦いではないが、私も職業生活のなかで、五感・体感が良く機能し、吉備真備のように?きちっとした判断ができて救われたこともある。反対の、失敗例は山ほどある。

 さて、救われたようなケースを後で、しみじみと考えると、どちらかというと、ひっそりと神に祈っていたりしたことが多い。祈りは馬鹿にできないと思う。

五感・体感を考える 2/10

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深大寺で鬼太郎ブームを思索する・・・(五感・体感を考える 1/10)

2010-09-16 | 第二章「五感と体感」
どうも私は、神社・仏閣・教会といった聖なる場所が落ち着くようである。また、リフレッシュするようである。

 一昨日も、じっくり友人と深大寺と深大寺周辺を楽しんだ。幼いころに、祖父に連れられて深大寺そば食べたころと違い、丁度今は、「ゲゲゲの女房」が旬の話題で、境内にもロケの写真や、向井理さんと松下奈緒さんのサインまであった。

 調布市も、「ゲゲゲの女房」を観光資源にしようと頑張っているようで、ホームページには鬼太郎関連の情報が満載。鬼太郎の特別住民票も相当売れているようである。原付自転車プレートも鬼太郎とか。多摩周辺も、ちょっと昔は新撰組ブームで日野市がわいたが、今は調布市である。管さんの地元、武蔵野市や府中市もわいてるので、今年は多摩が脚光を浴びる年かもしれない。因みに八王子市はミシュランの三ツ星認定で、高尾山が観光スポットに!

 でも、ブームって何だろうと思う。「ゲゲゲの女房」でも、それが一つのサブテーマのようである。1-2年前、心理学はお化けの研究も大事なので、一時水木しげるさんのマンガを読みたいと思って探したが、なかなか手に入れることができなかった。それが、今では書店にはコーナができていくらでも手に入る。

 因みに、水木しげるさんの作品は凄いと思うし、水木さんのインタビューなどを聴いていると本当に感動する。また、深大寺は733年に当初、法相宗のお寺として創立(その後、ご存じ天台宗のお寺に)されたそうであるが、当時は都では長屋王の乱や、藤原4兄弟が天然痘で亡くなるなど混乱の時期であった。それからなんと約1300年も続いているお寺である。そんなことで、深大寺にいると、何かマスコミなどとは違い、変わらない何かを体感でき、心の底から落ち着くのかもしれない。

 私は、カトリック信徒であるが、自分の古層を確かめつつ、日本をもっと体感していきたい。

五感・体感を考える 1/10

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(写真はロケ時のサインなど・・・。)