自分自身のこだわりを私ももちろんもっている。
しかし、それは自分自身の関心事に関してである。これは、たとえば、どういうことに関係しているかというと何でも「自分がわかった」ということに関してである。
複素解析(元は「関数論」といわれていた)で分岐点と解析接続の二つが私のもっている2大問題点であった。完全に解決しているかどうかは何とも言えないが、分岐点のほうは私の問題点ではなくなった。
しかし、解析接続の方はまだ自分の問題点からはずしていない。それも私の関心は解析接続の方法とその具体例を納得したいというところにある。このことは15年以上に及ぶこのブログの中でもたぶん1度ならず言及されたことがあるだろう。
こういうことは誰がどういおうと自分の納得ができるまで私の問題点の一つから消えることはない。
こういうこだわりと自分が考えてどうでもいい些細なこととは区別している。研究者にはこだわりがなくてはならない。だが、それがあまりに小さなことには及ばないように配慮できることは大切である。