物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

サヘル・ローズさん

2020-08-21 11:16:36 | 本と雑誌
たまたまサヘル・ローズさんの出演しているNHKの番組を2回見た。

別の番組であるが、どちらもサヘルさんがイラン人であることと関係していた。

イラン=イラク戦争で家族が亡くなったが、3歳だったサヘルさんは建物の崩壊した下から生きて見つかったとか。

彼女の養母さんがまだ大学生だったころだというが、養母さんが彼女を養女として育てることを決意したという。

イランでは養母さんの家族がサヘルさんを養女とすることに反対したために養母さんは知り合いのいた日本にいた日本にやってきたという。

養母のサヘルさんに対する献身的な思いが、彼女の背後にはある。私は日本における女優としてのサヘルさんの成功を祈るとともに彼女のお母さんと彼女自身の幸せが彼女たちに訪れることを強く祈る。

もともとサヘルさんを知ったのは爆笑問題との共演番組で見たのが初めであったと思う。その後、彼女の奇しき運命というか育ちを知った。日本の社会に彼女が大いに受け入れられて今後ともに生きやすい平和な国であってほしいと思う。

「武谷三男博士の著作目録」の改訂の必要がある

2020-08-20 12:11:46 | 本と雑誌
「武谷三男博士の著作目録」の改訂の必要があるらしい。

「武谷三男博士の著作目録」とは私が編纂した「素粒子論研究」電子版に掲載されているものである。最新版は5.1版だかである。

一つでも私の知らない武谷三男の書いた文章の載った書籍があるとわかれば改訂してきた。確かではないが、最新版では243の著作を掲載している。A4で25ページにもなる(注)。

多分、世界中で一番詳しい著作目録だと思う。ところが先日国会図書館のOPACを検索していたら、私の見かけたことがないと思われる著作があるようだった。

詳しいことはわからないが、たぶん、現在の最新版の著作目録を改訂する必要があろうとそのときに思った。

武谷三男の研究は最近の武谷史料研究会のメンバーのおかげで少しづつ進み始めている。

しかし、まずはどういう資料が武谷三男関係の資料であるのかそれをはっきりしなければならない。

単行書に掲載されていない論文を含む目録はまだ出ていない。西谷さんがかなり網羅的なリストをつくられているが、まだ公表される段階ではないと思う。

そういう網羅的なリストは将来つくる必要があるとは思うが、なかなか思うだけで実行は難しいだろう。

(注)英文とかそのほかの研究論文目録も私の編纂したものがやはり「素粒子論研究」電子版に掲載されている。



国境なき医師団

2020-08-20 11:46:28 | 本と雑誌
国境なき医師団からの募金が来ていたらしい。妻が最低の募金に応ずるという。
それで5000円をくれて、払い込みの料金は私もちだという。

もっとも払い込み用紙を見たら、私名義だったので仕方がないかな思う。もっとも私などは現在の私たちの生活の経済が心配で募金に応じる余裕などないと思うのだが。

妻は気が利くというか他人に好かれるタイプであまり会うことの少ない人に会うときなどちょっとしたお土産を持って行くほうである。だから人には好かれるが、私などはケチというのかどうか知らないが、どこに私たちにそんな経済的の余裕があるのかと疑問に思うほうである。

どちらが正しいというのでもなかろうが、私は私なりの言い分はある。それくらい余裕のある生活ではない。

ついさきごろのことだが、wikipediaの500円の募金に応じなかったくらいだ。もっともそれにはそれなりの理由があった。もしか振替用紙で送金するように要請されていたら、文句なく募金に応じたであろうが。

もっとも500円の募金に送金で100数十円をはらうのはちょっと理にあわない。





1929年の大恐慌

2020-08-19 12:10:44 | 本と雑誌
1929年の大恐慌の後で知的な人々にいろいろな人々に大きな影響を与えたらしいことを最近知った。

これは私たちの世代ならば、1989年とその後の数年続いたいわゆる社会主義国の崩壊の私たちに与えた影響と比較できすることができるだろうか。

1929年の大恐慌は資本主義の崩壊ととられたという。これはまったく平行的に1989年とそれに続く数年の社会主義の失敗とほぼ同じ影響を多くの人々に与えたと考えれられる。

そして現在であるが、資本主義がやはりうまくいかない時代にさしかかっているような気がする。

いわゆる独占資本主義の崩壊が起こっているのではないかということである。
これはすくなくとも日本ではどうもほんとうらしい。もっともアメリカではいわゆるGAFAがまだ隆盛であるので、独占資本主義の時代が終わったという感じはしないだろう。

だが、日本ではあまりつぎの時代をどうやって利潤を生みだすのかというアイディアはあまり起こっていない。老人が多くなったという少子高齢化が進んでいるのでこれからどうするのかというアイディアはあまりない。

スーパーシティくらいしか構想を知らない。グリーンニューディールはもう一つの構想であろうか。

いわゆるアベノミクスだが、どうも行き詰ってしまったらしい。









仕事の予定がずれた

2020-08-19 11:16:22 | 本と雑誌
仕事の予定がずれた。これは昨日仕事用のメガネを忘れたからである。

それで木曜日にできる予定だった徳島科学史会の講演のパワーポイントがひょっとしたら、金曜日にずれ込むかもしれない。

昨日は緑内障の予防のための目薬をもらうための眼科の検診があり、このことが一番優先される事柄であった。

それで仕事用のメガネをもってくるのを忘れてしまった。だいたい普通なら6時ころまで仕事をするのだが、仕事ができないので4時過ぎに妻に向かいに来てもらった。

たった仕事用のメガネではあるが、これが重要な役割をしていることに気がつかなかった。

仕事用のメガネ

2020-08-18 11:52:44 | 本と雑誌
今日は近所の眼科に行って目薬をもらってきたので、あわてたために仕事用のメガネを忘れた。

だから、このブログもメガネをはずして裸眼で書いている。しかし、裸眼の視力はあまりないので、なかなか仕事ができにくい。

いつも夜寝る前に仕事用のメガネをカバンに入れておくのだが、今朝は起きてから昨夜読みかけた本の1章の続きを読んでいたので、仕事用のメガネをカバンに入れることを忘れた。

この1週間くらい技術論の定義について書かれた文章を読んでいる。それらはいわば正確な学問を志向しているのだろうが、どうも細かすぎるような気がする。

武谷三男を有名にした技術のいわゆる「客観的法則性の意識的適用説」とか、または、戦前の唯物論研究会の技術の定義「労働手段の体系」説とかを議論しているものだ。

ところがその後の武谷や星野芳郎の書いた本を読んでみるとそういう議論の補足にはならないのだろうが、やはり読んで面白いのである。

学問としては精密を期すというのがなかなか社会の力にはならなくて、学問としてはあまり厳密ではなく、あいまいだと言われているものがむしろ社会においては力をもつということはどういうことななのだろうか。

このパラドックスを解くことが必要ではなかろうか。




技術の定義

2020-08-17 11:00:24 | 科学・技術
まだ十分ではないが、ようやく徳島科学史会で話ができそうな感じになってきた。

そうはいっても経済学関係の人からみた、技術論にはまったく泥沼に足を突っ込むような感じがする。

なかなか議論が複雑であり、もうなにがなんだかわからなくなる感じである。

中村静治さんの『新技術論論争史』を議論したかったのだが、どうも中村さんは議論が感情的すぎるような気がしたので、他の人がこの中村さんの議論をどう見ているかを知りたいという気持で他の人の書いたものを読み始めた。

特に、中岡哲郎さんの『技術を考える13章』からはじめた。これをぜんぶ読んだわけではないが、かなり読んだ。

八巻さんから紹介された、嶋さんの『技術論論争』の武谷三男に関係した章は読んだ。

もう一つの資料は一ツ橋大学年報に出ている「技術論の反省」は冒頭部しかまだ読んでいない。


more than oneは1以上ではない

2020-08-15 12:10:46 | 数学
前のブログ記事「小さなミス」で述べたかったことは

  more than oneは1以上ではない

ということであった。その辺が分かりにくかったかもしれないと思うのでくどいが説明をする。
 英語でmore than oneというのを数式で表せば、n>1である。この場合には1は含まれない。
 ところが日本語で1以上といえば、もちろん n>1ではあるが、n=1も含むのである。そこが英語と日本語との違いである。

more than oneを日本語に訳すときには気を付けて訳さなくてはならない。



小さなミス

2020-08-15 10:58:38 | 本と雑誌
小さなミスを今朝の朝日新聞を読んでいて見つけた。

このブログでギャアギャアと叫ぶことではないが、天下の朝日新聞で起こった出来事なので記録として残す。

これはニュースの記事ではなく、哲学者・鷲田清一さんの書いた短いコラム「折々のことば」に出ているミスである。

今日の「折々のことば」はひさしぶりに英語であり、

 everybody to count for one,
   nobody for more than one

であった。これにミスはなかろう。しかし、その下に 訳がついていた。
 「だれでも一人として数え、だれも一人以上に数えてはならない」
この訳を読んで、実は上の英語の意味がわかった。それはいいのだが、この訳の後半はいけない。nobody for more than oneを「だれも一人以上に数えてはならない」ではなくて「だれも二人以上に数えてはならない」と訳するか、それとも「一人よりも多くに数えてはならない」にしなければいけないであろう。

いやこれは日本を代表する哲学者の鷲田さんを責めるつもりではない。むしろ優秀な編集者をそろえている朝日新聞社のミスであろう。

校正部員から筆者の鷲田さんに先生ちょっとこの訳はまずいのではないですかと一報を入れて、校正部員が注意を喚起すべきであった。

ひょっとしたら、これは鷲田さんが引用した訳本での訳のミスだったかもしれない。

こんな細かなことで鬼の首をとったようなことをいうのは気が引ける。

少なくとも新聞を読んでこの文章はおかしいなと思ったことは皆無だから、これは朝日新聞だけではなく、すべての新聞の校正部員の優秀さを示しているのだろう。

それでもときどき新聞紙上で記事の修正が出るが、これはたいていデータの確認が十分でなかったためのミスであり、論理的または文章上のミスではない。

いや、自分でも本を数冊出している身としては、かなりのミスがあるのはもう人に言われるまでもなく、さけがたいことだと知っているからである。


『日本語からはじめる科学・技術論文の書き方』

2020-08-14 12:54:24 | 科学・技術
『日本語からはじめる科学・技術論文の書き方』という本の紹介が物理学会誌の8月号であった。

著者は石黒鎮雄氏である。とはいっても「石黒さんて誰?」となるのが普通であろう。

昨年だったか一昨年だったかにノーベル文学賞を受けたカズオ・イシグロさんのお父さんといえば、だれでもああと思うだろう。

カズオ・イシグロさんのお父さんが科学者であることは知っていたが、どんな人かは知らなかった。海洋物理学者であるという。長年イギリスで研究をして、カズオさんもイギリス人となった。

この書は丸善から1994年に出版されていたというが、いまでは絶版らしい。それで古本で入手可能かと探したが、「日本の古本屋」でも在庫していない。

E大学のOPACにはあると出たが、研究室の図書となっているので、借りるのが面倒である。

この本は英語に直す前に日本語を直すべきだとか書いてあるようである。

こういう考えの人は少なからずいて、作家の小田実さんは作家活動の傍らで予備校の英語の先生をしていたが、彼は英作文の時間を受け持っていた。

英語に日本文を直す前にはその授業時間の大部分を英語に直しやすい日本語文にするということにかなりの時間を使ったとは彼のエッセイで読んだことがある。

(2024.12.5付記) どなたかがこのブログにアクセスされていたので、読み返した。1957年ころだが旺文社のラジオ受験講座を聞いていたが、その中で海江田進先生という東京外国語大学の英語の先生が和文英訳の講義を担当されていた。

この海江田先生が英訳する日本文があったときにそれを英語に訳しやすい日本文に直してから、それを英語に直すという指導法だった。そのときはじめてそういう指導法というか、やり方を知った。

小田実さんの予備校での指導法だって彼の独創ではなかったかもしれない。どこで小田さんがやさしい日本語に直してからそれを英語に直すという方法を学んだのかはいまではわからない。独自に思いついたのかもしれないが、むしろどこかで学んだという風に想像している。

私の場合には海江田進先生の指導法に感銘を受けた。






HALは?

2020-08-13 10:18:11 | 本と雑誌
昨日、量子暗号のことを書いた。その記事の始めの部分は普通の暗号文について書いてあった。

たとえば、一文字ずらすとfoxがgpyとなるという。gpyはまったく知らない語である。

それで思い出したのだがIBMという有名なアメリカのコンピューターのメーカーがある。アーサー・C・クラークの小説の「2001年宇宙の旅」か「2010年宇宙の旅」の映画をテレビで見ていたら、そこに出てくるコンピューターがHALという。

これはそのころ一緒にその映画を見た子どもがいうことには、このHALは上に述べたIBMを一文字づつ前のアルファベットに変えたものだという。これはアーサー・C・クラーの遊び心がさせたことであろう。

もっともアーサー・C・クラークはケンブリッジ大学で物理だか、数学を専攻したとかいうから、けっこう科学の素養のある人である。


量子暗号

2020-08-12 11:59:13 | 物理学
暗号というものはすぐに解読できてはいけないものだ。

しかし、スーパーコンピュータを使えば、その暗号キーが即座にはではないが、解けるとかとも聞いている。

それでも原理的に解けない暗号を考案したい。その問いに答えるのが量子暗号らしい。

量子暗号通信では暗号文をインターネットで送るが、暗号キーは光ファイバーの専用回路で送るという。光の粒子「光子」を一つ一つ区別できる精巧な技術を用いて暗号キーの情報を送るという。

誰かがそれをひそかに見ようとすると、これは量子力学で言う観測になるから、その光子の状態は変わってしまうので量子キーは得ることができない。

今朝の朝日新聞に「量子暗号」についての簡単な解説があった。実際にどういう風に暗号キーを設定するのかとか、それを受け取るときにはどうするのかとかの詳細はわからないが、それを横から盗み見ようとしたら光子の状態が変わるというところはすぐに理解できた。

だてに物理学を学んでいたわけではない。

しかし、新聞とは難しいことをやさしく教えようとするものだ。




お盆が来る

2020-08-11 16:55:40 | 本と雑誌
今週お盆が来るのを忘れていた。

8月13,14、15日はお盆である。8月13,14、15日は木曜、金曜、土曜である。

木曜日は普通なら、ドイツ語のクラスがあるが、お盆でお休みするという知らせが来た。それでお盆になるということに気がついた。

もっとも新型コロナウイルスがまん延しなければ、4月初めにクラスははじまるはずだったのだが、新型コロナウイルスのせいで始まるのがおくれてようやく6月末に開講されたから、ほとんど夏休みはないことになった。

ただ、クラスが休日と祝日は休みなるのは当然である。来週の土曜日は高松での徳島科学史会があるので、その準備をそろそろしなくてはならない。

いくつかの本を

2020-08-11 11:19:40 | 本と雑誌
いくつかの本を購入したいと思いながら、書店へ行くのがこの暑さでおっくうである。

秋にでもなったら、書店に行きたいものだ。私はあまり文学的な関心がないので、少なくともほとんど小説は買わない。以前に唯一買った小説は小川洋子さんの『博士の愛した数式』(新潮文庫)くらいである。

これはテレビでその映画を見た後で買ったのである。この小説の中に出てくるe^{i\pi}+1=0は神秘的な式のようだが、それほど神秘的な式ではないと「オイラーの公式の導出いろいろ」というエッセイで書いた。

これは「数学・物理通信」の昔の号に書いてある。「数学・物理通信」のバックナンバーはすべて名古屋大学の谷村さんのサイトに出ているので簡単に検索できる。

8月6日8時15分と8月9日11時2分

2020-08-10 12:29:48 | 本と雑誌
8月6日8時15分と8月9日11時2分とを覚えておこう。

首相は広島と長崎を訪問して講演をしても核兵器禁止についてはなにもいわない。
心ない人である。いまさらここで改めていうことでもないだろうが、血の通った人間とは思われない。

言葉だけの美辞麗句だけの心ない人という印象しか与えない。こういうつれない人を首相に担ぐ日本の国がかわいそうである。

しかし、このことは結局私自身のつれなさのことかもしれない。詩人ならばこう断じるのであろう。