ニュースサイト宮崎信行の国会傍聴記

元日本経済新聞記者の政治ジャーナリスト宮崎信行が衆参両院と提出予定法案を網羅して書いています。業界内で圧倒的ナンバー1。

[訃報]三宅雪子元衆議院議員、享年54 2009年初当選政権交代チルドレンで苦労された人の中では初の物故者

2020年01月06日 13時41分46秒 | その他
[写真]三宅雪子民主党衆議院議員(当時)、2010年頃、衆議院議員会館で、宮崎信行撮影。

 三宅雪子さんが亡くなったと報じられました。

 年末から年始にかけて亡くなったとみられ、享年54。

 心より哀悼の意を表し、また、ご冥福をお祈りいたします。

 2009年8月の選挙で初当選した政権交代チルドレン140数名。苦労されたうえで命を落とされたのは、三宅さんが初めてかと思います。

 最近、三宅さんの自宅を訪れたことがある人物によると、医師の処方により得たとみられる向精神薬らしき錠剤をお茶菓子のようにポリポリとかじる奇行を見かけたそうです。

 テレビ局同僚の夫とは同居しているとみられますが、お母さんを亡くされた後に同居していた障害がある弟さんは他の施設に入居していたのではないか、との情報にも、私は接していました。

 三宅さんは、衆議院内閣委員会での「転倒」や自宅マンションからの「転落」などがありました。転落により、腰に特殊な金属製の医療器具が入り、かなりいたかったようです。

 三宅さんと同じ県連所属の同期当選の元議員からは「宮崎さん、2009年組の面倒を見てやってくださいよ」と言われたこともありますが、限界があります。

 多くは政界復帰が絶望的となってしまいました。会社員に転職した人のなかでも、議員経験がいかせず、社長に期待された営業部からバックオフィスに異動した人もいます。

 三宅さんに関しては、当選直後から、かなり異質な面がみられ、小沢一郎さんの系列でも系列内だという意識は薄かったのかもしれません。

 三宅さんは、民主党、国民の生活が第一の両党を離党したままの状態ですので、警察当局によって発表される情報が最も有力視されることかと考えます。

 格差を感じる季節である年末年始ですが、官房長官の孫、大使の子、バブル期からの地上波テレビ局社員の三宅さん。54歳ですから、十分に生き切ったと確信したのだろう、と私は認識しています。

以上です。
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