無声で白黒フィルム、しかも主として家庭の様子を描くフィルムということで札幌の様子を伝えるというには物足りないところもあったが、約90年前の札幌の様子を垣間みることができた貴重な上映会だった。
※ 鴨々堂の外観です。(ピントが合っていない写真ですね)
約90年前の札幌を撮影した家庭用の映像フィルムを復元し、観賞するイベント「中島公園の今昔~9.5ミリフィルム上映会」が11、12の両日開かれると知り、11月11日(日)午後、会場となっていた古民家ギャラリー「鴨々堂」に赴いた。主催は札幌の歴史を掘り起こす市民団体「鴨々川ノスタルジア実行委員会」だった。
フィルムは大正末期から昭和初期にかけて、撮影されたものだ。当時、札幌市内で「北海石版所」という印刷会社を二代目社長だった本間昭夫氏が父親の清道氏などを撮影したものだった。上映されたフィルムはいずれも1~2分程度の長さのフィルム8本が上映された。それら8本にはそれぞれタイトルが付けられていたが、そのタイトル名は…、
① 川遊び、② 中島公園・祭、③ 飛行機、④ 胡蝶園、⑤ りんご園、⑥ 定山渓、⑦ 花輪、⑧ Venice の8本だった。
※ 映像をワンカットだけ写させてもらいました。「定山渓」の月見橋ではと思われます。
8本のフィルムから印象的だったことを記すと、当時中島公園には川を堰き止めるようにしたプールがあったこと、本間家は当時相当の資産家で中島公園の近くに「胡蝶園」という私的な公園を所有していたこと、父親(清道氏)の葬儀に出された花輪が当時はそうとうに貴重なものであったらしいこと、等々が印象的だった。
さらに「飛行機」とタイトルが付けられたフィルムは、当時札幌に飛来した飛行機に昭夫氏が遊覧飛行のような形で搭乗したことからも本間家の当時の資産家ぶりを見て取れた。
なお「Venice」というフィルムは、ベニスの運河をゆくゴンドラの様子が写されていたが、説明によると昭夫氏はベニスを訪れたことはないという。ということは、ベニスの観光用のフィルムを何らかの方法でコピーしたフィルムだったと考えられる。
鴨々堂内には、当時使用されていたであろう「手回し映写機」も展示されていた。映写機の傍にあった説明書によると、国内でも相当に珍しい映写機だったようだ。(9.5mの撮影機も珍しかったと思われるが…)
※ 遺されていた「手回し映写機」の現物が展示されていました。
およそ90年も眠っていた劣化の激しいフィルムを復元するという技術の進歩はこの上映会の陰の主役だったのではないだろうか。