祖父の卒業論文
父親が、祖父の大学の卒業論文を見たことがあるかと言い出し、もちろん見たことがない。和綴じの冊子、「徒然草」(上下)と卒業論文(祖父は、明治42年=1909年、東大国文学科へ入学)を持ち出してきた。
タイトルは「卜部兼好研究」というもので、芳賀教授と藤村助教授が認定したかの付箋が添付される。もちろん自筆で、ペン書き。ともに保存されていた「徒然草」は和本で、筆の濃淡があるので、良くはわからないが写本のようである。読みにくいところは、朱で違う筆(づかい)で、補足がある。
卒業論文のペン書きも達筆なので、よく読めないのだが、へえっといったところ。ギリシャ哲学から説き起こすというのは時代を感じるが、卜部(吉田)兼好の著作や兼好に関する著作をあげていちいち論評しているかのようである。
祖父とは赤ん坊のころ会ったことがあるようだが、すぐに亡くなっているので写真でしか見たことがない。しかし、ほぼ、100年前の卒論というのは、ちょっと感激ものだ。
タイトルは「卜部兼好研究」というもので、芳賀教授と藤村助教授が認定したかの付箋が添付される。もちろん自筆で、ペン書き。ともに保存されていた「徒然草」は和本で、筆の濃淡があるので、良くはわからないが写本のようである。読みにくいところは、朱で違う筆(づかい)で、補足がある。
卒業論文のペン書きも達筆なので、よく読めないのだが、へえっといったところ。ギリシャ哲学から説き起こすというのは時代を感じるが、卜部(吉田)兼好の著作や兼好に関する著作をあげていちいち論評しているかのようである。
祖父とは赤ん坊のころ会ったことがあるようだが、すぐに亡くなっているので写真でしか見たことがない。しかし、ほぼ、100年前の卒論というのは、ちょっと感激ものだ。