すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

変えていく意志を示す

2007年09月02日 | 読書
 『教師・保護者・子どもの「意識」を変えるメッセージ』(吉永順一著 明治図書)を読んだ。

 この本は三章に分かれているが、四分の三ほどが「教師向け通信」になっている。ということは、この本は吉永氏にとっては、「第二の『現場感覚』」といってもいいはずである。

 『現場感覚』とは吉永氏が海浦小にいたときの校長通信のタイトルである。
学校版ポートフォリオ『進潮』の連続発行で名を知られることになった海浦小の、研究推進を引っ張っていく校長の強烈な主張が出ている冊子だった。

 吉永氏が転任した鏡西部小での校長通信となろうが、改めて『現場感覚』と比べてみると、少しおとなしいかなという印象を持つ。対象とする職員が違うということもありかなり似た内容も入っていた。しかし、机上論ではなく常に子どもと世の中を見据えているという点にぶれはない。

 それにしても、なぜそんなに書くか、である。
 そして、どうしてそんなに読めるかである。

 一学期終業式の子どもたちへの挨拶が載っていたが、子どもたちの前で自分の目標の一つとして「休み中の読書100冊宣言」である。恐れ入った。
 この夏20冊にも届かなかった自分など恥じ入るばかりである。

 校長として自らの考えや思いを「書く」ということに慎重な人もいるだろう。
 メリットばかりとは言えないこともある。周囲に対する配慮も必要だ。
 おそらくそんなことを承知しながらそれでも書き続けられるのは、それ以上にインプットも大きいからだ。行動し、読書し、人と出会い…そのエッセンスを文章にして伝えていくことを通して、吉永氏は自らを高め奮い立たせようとしているのかもしれない。

 『現場感覚』にもこの本にも幾度となく、その名前が登場する徳永康起先生の話。こうした優れた先達のことを書きながら、自らの身体にその考えを叩き込んでいくような印象を持つ。
 したがって、章名は「教師向け通信で教師の『意識』を変える」となっているが、そしてもちろん職員の意識を変えていくきっかけになろうが、本当のところは自分の意識を変えていく意志を示すためではないだろうか。
 書き続けることはその証しである。