すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

デジタル教材拡大の問題

2010年10月25日 | 雑記帳
 月の半ば頃に放送されたNHKの番組の特集だった。

 「デジタル教材は日本を変えるか?」
  http://cgi4.nhk.or.jp/bizspo/special/index.cgi?od=20101015#id194

 何が話題の中心だったか振り返る。

 教育上は「学習意欲が高まる」「表現手段・意見交流の多様化、効率化」という点を評価し、その後は、機器等普及に伴うビジネス展開、世界各国とのICT普及の比較とうつっていた。

 改めて確認できたことと言ってよいのだが、ゲストの発言などからなるほどと思ったことが二つある。

 「デジタル教材の導入は、教師の力の格差を広げる。教師の質を上げることが急務だ。」
  
 これは学校経営へも参入しているワタミの渡邉美樹社長の発言。
 デジタルといっても結局は「教材」「道具」でしかありえず、それをどう活用していくか、そこに差が出る。デジタルの便利さに頼ろうという思考になってしまえば、まさしく本末転倒ということである。

 「児童生徒への端末配布の計画は、世界より10年近く遅れている」 

 韓国、フランスなど早急にその計画を打ち出しているそうで、この遅れが結局のところ、いわゆる国際競争力衰退に結びつくことは想像できる。

 これらの問題についてどのように考えればいいか、自分には重い問題である。
 しかし、考えていなければ構えが定まらず、安穏としておられることでもないという認識もある。
 今自分がはっきりと感じていること、考えていることは二つある。

 ICT機器やデジタル教材が持つ便利さによって、どういう力の育成に有利であって、どういう力の育成に不利に働くのか。特に後者、それらの進展によって損なわれること、それにはもっと敏感であってもいい。
 その点を意識した全体的な目標設定、カリキュラム構成が必要になってくるのではないかということ。

 現在の整備のあり方は、どこか悪く回転しているように思える。
 ICT普及の意義や予算活用について、多くの行政サイド、教育委員会の関心度が薄いのではないか。おそらく現場における運用の知識についても十分ではない。
 そして現場にはまず効力感を得る場が少ない。興味関心の高い教員がいて、その授業を見たり発表を聞いたりする機会があっても、自身の現状に照らし合わせてそれにチャレンジするには、ハードルが高すぎる。
 出された予算なども平均化、満遍なく使うというで執行されてしまい、ある特定機器の全学級設置のような一点突破で、広めることが出来ない。従って全て中途半端になっているということ。

 自分自身にも責任があり、反省すべきところがあるのは承知している。
 結局、多くのものを抱えすぎているという結論に達するのだが、優先順位の見直し程度で私たちの現場が積極的に歩めるものだろうか…いっぱいいっぱいになっている日常が見える。