すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

人は会うべくして会う

2017年01月21日 | 読書
2017読了5
『なぎさホテル』(伊集院静  小学館文庫)

 このホテルのエピソードは、様々な場に書かれていて大まかには知っていた。それをまとまった形として残した、いわゆる「自伝的随想」である。風体や日常の暮らし方だけで他者を評価したりしない人間…言うには簡単だが、この世にどれほど居ることだろう。この作家は、そういう人々に会うべくして会ったのだ。



 会うべくして会うとは、一つの結果論である。運命的な出会いという言葉もあるが、それとは少し違うような気がする。砂浜に座ってビールを飲んでいた男に声をかけた老人は、一言二言で何かを感じ取ったに違いない。目つきや仕草であったかもしれない。ホテルに招き入れたのは、きっと老人の心が欲したからだ。


 何者かになるための孵化する場として、提供したように思う。一方の男にとって気まぐれであった行動は、誰かに導かれるように読書や思索に没頭する時間に変質していったのではないか。そういう関係の中に、一切姿を見せないのが「打算」である。金銭の話題は何度も出てくるが、どこをとっても周辺事項なのだ。


 あとがきは「いつか帰る場所、時間」と題されている。その場所、時間から遠く離れてある今の自分が、「帰った」と認識できるのは、きっとそこが出発点であり、経験を重ねた心身が距離感を持って見ているからだ。多くの目や手によって見守られていた場所や時間を、時々思い浮かべるのは意味のあることだと思う。