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まさに「鎖国問題」

2017年02月16日 | 読書
 だからといって「日本は、鎖国していなかったんだなあ」という心になるかというと、簡単ではない。例の学習指導要領のことである。なんとなく、坂本龍馬の輝きも薄れるようではないか、大河ドラマで育った年代としては腑に落ちない。変更の背景を注視したい。その点はさておき、たまたまこの本を読んでいた。

2017読了17
『ライフワークの思想』(外山滋比古  ちくま文庫)

 一番古い論考はもう40年近く前で、話題の一つに「中学校の英語科時数削減」という問題があり、歴史を感じさせる。それでも稀代の知識人の筆は、本質的な指摘にあふれていた。一番頷きながら読んだのは第三章「島国考」。まさに「鎖国問題」そのものである。用語がなくなったとしても、下記の文章の論理は的確だ。

 島国には鎖国への傾斜がある。日本は長期間にわたる鎖国を実施した歴史をもっており、鎖国が文化的精神にとどまらず、政治、経済的にも及ぶことを実証している。(P158)




 地理条件によって外国及び外国人に対する過敏さが生ずるし、模倣あるいは拒否等、心理的に不安定な国民性がつくられた。それは多数の外国人観光客等を目にする現在もあまり変わらない、と思える。「鎖国」をしていた間は「戦争」がなかったことを考えれば、ある面で、今は「小さな疑似戦争状態」とも言えるか。


 EU離脱を決めたイギリス(島国)やトランプ政権誕生によって、新たな揺れが生じているが、流動的な社会に歯止めをかけることなどできない。しかし、「鎖国」の用語が消えゆくのは仕方ないにしろ、だからこそ鎖国によって花開き、守り継がれる数々の文化に目を向け「日本」を維持しないと、みんな呑み込まれる。