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一発退場へ個の呻き

2017年02月07日 | 雑記帳
 最近のニュースで耳についた言葉の一つが「忘れられる権利」。これは、「ネット検索の犯罪歴削除」を求めた男性の訴えを最高裁が棄却した報道のなかで語られた。プライバシー保護か公共の利害かという論点は、児童買春という犯罪の社会的意義の重さが根拠となり、判断が下された。その権利は×とされたのだ。


 報道は、「忘れられる権利」と「知る権利」について、あれこれと話していた。ぼんやり見聞きした頭では、やはり「知る権利は大事」と思いつつ、しっくり収まらない部分も残っていた。社会全般に漂う「一発退場」的な傾向を助長することになるのではないかという思いが、小骨のように刺さっているからだろう。



 わかりやすい例は芸能界だ。「たった一回の失敗が許されない世の中」になっていて、何か問題が起きれば、全部が右倣えをしてしまう。「あれは駄目だったが、この点に関しては十分な力があるので使う」とする考え方自体が批判されたりする。ビートたけしが語る「一億総自主規制社会」という表現がまさに当てはまる。


 この考え方は広く浸透し、一般企業や公共団体等にも影を落としている。またそんな大人社会を見聞きしている子どもたちが影響を受けるのは当然であるし、じわりとした危機感を覚える。ネット上の「忘れられる権利」は、総記録化社会の中で非寛容な傾向を強める世の中に対する、個の呻きであるのは間違いない。