すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

「空気」への向かい方を示す

2017年03月13日 | 読書
 「クウキヨメ!クウキヨメ!」卓球台を囲む子供たちが、プレイする男児へ大合唱のように叫ぶ。短い休み時間を利用した勝ち抜きのピンポン遊び。一人の男児がずっと勝ち続けるため、なかなか自分の番が回ってこないことに対するブーイングだ。こんな場所でも使われ始めたと痛感した、約10年前の一コマである。


2017読了25
『「空気」の研究』(山本七平 文春文庫)

 科学用語の気体の一種とは別に「その場の雰囲気」という意味を持つ「空気」という語。それを、物質の「臨在感的把握」による「判断の基準」とし「絶対権威のように驚くべき力」を持つと書いた名著である。「空気」の前には論理など役に立たないことを、戦時下の例などを挙げて解説し、その原因が掘り下げられる。


 難解で読み切れない点が多かった。そんななか印象に残ったのは昭和期以前の人々が「その場の空気に左右される」ことを「恥」と考えた面があることだ。空気を「作り出す」存在は、どこにもいつの時代もいる。その意図を見抜く力こそ肝要。第二章は「水~通常性」であった。時に「水を差す」ことも意識したい。



2017読了26
『空気は読まない』(鎌田 實  集英社)

 「クウキつながり」で買い求めた。著者の本は何冊か読んでいるので、内容は予想がつくし、確かにその通りだった。著者と交流のある多くの人々の姿を描き、それを「空気」というキーワードを使って表している。従って書名から想像させる悪い意味の空気だけではなく、「あったかい空気」の拡散も熱く語られる。


 最終章に、『「空気」の研究』にも触れられ、こんなふうに記している。「今も、この国に空気という妖怪が棲んでいる」そうした大きな圧力に負けないために、自ら「あったか空気」を作り出し、まわし続けることが大事と説く。「読まない」意味は、生き方の問題。「空気」への向かい方を示す動詞は、他にもたくさんある。