すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

カバーの点検怠らず

2017年11月28日 | 読書
 「幼児的万能感」や「全能感」などと少し格好つけて、専門用語を使いPTAで話したことがあったなあ。「自己肯定」は確かに必要だけど、勘違いをしてはいけないことがある。結構な大人を対象にして語っても、その違いが理解できない場合があるようだ。自己コントロール能力形成は、やはり小さい時期が肝心だ。



Volume86
 「『幼児性がある』というのは、別に悪いことではない。誰の中にもそれはある。それを弾圧してしまうと、人間は錆びついてしまう。でも、幼児性は誰のにもあるもので、成長した人間は、自分の幼児性を守るために、そして暴走させないために、幼児性を覆うカバーを持っている。そう進むのが『成長の方向性』というもので、日本人はそれをいつの間にかなくしたらしい。」


 例えば、高速道路での煽り運転など様々な事件や揉め事などを見るにつけ、その「カバー」が壊れちゃったのか、いやそもそもカバーを作ってこなかった、もしくは非常に弱々しいものでしかなかったのかな、と思うことがある。

 これは新聞やテレビに載るような話でなくとも、もしかしたら身の周りでも近い現象は少なくないかもしれない。
 若年や中年に限らず、老齢であってもキンゾク疲労はあるのだから気を配らなくては……。
 言っている自分の内部にも目を向けて、カバーの点検を怠らないようにしなくてはと思う。

 この国全体がそういう傾向だとしたら、その原因は何かとまた考えてしまう。
 この文章を書いた橋本治は、こんな皮肉で締めくくっている。

 「大人にならなくていい。大人にならずにいれば、消費経済を支えるいい消費者になれる」でいいのね?

 なるほど。やはり、そこか。