すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

嘘を見事につく人に

2020年10月04日 | 読書
 図書館の書架でタイトルを見て、思わず「なんて、題名だっ!」と言いそうになった。「ヒマ」は暇だろうし「道楽」はそのままなはずだ。素敵な言葉同士がくっついていて、幼い頃初めて「イチゴミルク」という語を見たときのような感じがした(嘘ですね)。なんといっても筆者があのネンテンさんだからねえと思う。


 『ヒマ道楽』(坪内稔典  岩波書店)


 「三月の甘納豆のうふふふふ」は衝撃だったし、その後「カバ」の愛好者?と知り、代表句の一つ「桜散るあなたも河馬になりなさい」にも恐れ入った。このエッセイ集にもいくつか句がある。毎年その季節に作り続けているというビワの句に共感した。「びわ食べて君とつるりんしたいなあ」…いかにもネンテンさんだ。



 今さら改めて書くまでもないが、このエッセイ集全般の印象はネンテンさんそのもの、つまり「肩から力がぬけている」がぴったりしている。そういう見方、考え方で統一されている。当たり前だがそんな生き方は、しようと思って即できる境地ではない。年を重ねてたどり着くには、いくつかの心掛けが必要なようだ。


 典型的なのは「軽慮浅謀」の章だ。この語は「深謀遠慮」の対語で、「あさはかで軽はずみなこと」を指すらしい。いつもいつも思慮深く慎重に行動するのではなく、時には軽はずみなことも楽しむという姿勢だ。「逆というか反対の事態を考える」ことも一つの手とある。今だけに溺れない発想は誰にとっても大事だ。


 「嘘つきになろう」も興味深かった。ここに載っている柳田国男の母親のエピソードは以前何かで読んだ。三歳の弟のついた嘘を「最初の智慧の冒険」と受けとめた話だ。嘘をつかない道理は認めても、芸術としてみれば「嘘」の持つ明るさ、楽しさの価値は大きい。「嘘を見事につく老人になりたい」と…。ああ私も。