すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

ぼんやりした憧れが浮遊する

2020年10月24日 | 雑記帳
 先週秋田市に出張したときに、指定された駐車場から会場へと向かう途中、外車販売の有名某ディーラーの前を通りかかった。ふと、立ち止まって「ああ、俺の人生であとはあんな車に乗ることはないし、この店にも入らないだろうな」などという思いが浮かぶ。そうしたらすぐ「なぜそう思ったのか」とハテナも浮かぶ。


 外車に乗りたいのか…いや、一度くらいは乗って高速でも飛ばしてみたいが、所有したい気持ちがあるわけではない。とすると、単にリッチな気分を身に付けたいという欲だなとわかる。車に強いこだわりがあるわけでもない、高級ブランド志向も遠い世界だ。結局、ぼんやりした「あこがれ」が浮遊しているだけだ。


 それを思い出したのは、一昨日書いた『欲が出ました』(ヨシタケシンスケ)を読み直していて、「北欧の人たちは何にあこがれているのかな」という箇所があったからだ。なんとなくだが北欧への憧れは番組になったり記事になったりしやすい。結構多くの人が「いいよね」感覚なのだが、実際はぼんやりしていないか。



 マイカーは来年4回目の車検、そろそろ替え時か。2500ccの排気量は必要ないし、サイズダウンは間違いない。来年誕生日が来たらサポカー補助金だって使えるのだから(笑)。そもそもあと何年運転できるのか、ということだって頭に入れる現状の方が重要だ。ここに、「ぼんやりしたあこがれ」など入る余地などない。


 車という道具がその役割を効率よく安全に果たせるかを吟味することだ。生活にマッチする性能か、そして経済的かが大事だ。と、ここまで書いて「ツマラナイ」と思う。先日TVで見た県北のある人は、楽しそうに箱型のスカGTに乗っていた。羨ましい。車に限らないが、そうした熱はどこかに残っていないのか。