耳が遠くなってきて、都合の悪いことは聞こえてない振りをできるようになった。
それでも、独りで中途半端に古くて大きい生家に居ると、昼はともかく夜になれば、どんな小さな音でも聴こえる。
前にはネズミが天井裏を走る音も聞こえたし、窓を開けっ放しにしてしまった時は、何かの夜行性動物の侵入音も聴こえた。
夜の目覚めている間はいつも耳をそばだてている感じではあるけれど、不安で堪らないということもなく、普通に野性的になった状態のようだ。
半月ほど前からだと思うのだが、家の北側から低い虎落笛(もがりぶえ)のような妙な音が聴こえるようになった。
竹藪を通して来るのだとしたら、下の方の家から、モグラ避けのペットボトル風車の回る音なのか、鯉のぼりのてっぺんにある矢車の音なのか、とにかく何かしらの拍子に聴こえる不審音なのだ。
気にすると聞こえなくなったりして、家の中までは聴こえない音のようでもあり、それでも家の北側に居る時だけ、時々鳴る気になる音だった。
北側には作業場兼用物置の出入り口があるのでなおさらなのだが、昨日はどうしても気になって原因を突き止めようと思った。
耳鳴りはしょっちゅうなので自分でも信用できなくなっている耳を頼りに鳴る方向を定め、不審音を探りに竹藪に入ってみた。
そうしたら、立ち枯れた竹が裂けていて、こいつが風を受けて鳴っていたと思われたので切り倒したら音はしなくなった。
せっかく半分裂けているのだから、ナタで半割にして、キュウリ、インゲン、ナス、ピーマンの支えにすることにした。
雪折れした柴を結わえて、一応の完成として、あとは苗を買って植えるだけだ。
やらずに伸ばしていた仕事が、不審音探求から思いがけずやり遂げられて瓢箪から駒。
このように、有るもので金を使わずに柵をしたり柴を立てたりするのは、農事の師の教え。
周りの多くの人達は、市販のアーチ支柱を使い、ネットを張って、テレビの園芸番組そのものだ。
美しく家庭菜園をやるような地ではなかったのに、昔ながらのやり方は手元不如意のわが師と不肖の弟子のみ。