古田島洋介著「文語文入門」(吉川弘文館)を
パラリパラリと読んだだけなのですが楽しめました。
ちなみに、古田島洋介氏は1957年生まれ。
東京大学文学部フランス語フランス文学科卒業で
東京大学大学院比較文学比較文化博士課程単位取得
満期退学。現在、明星大学人文学部教授。
とあります。うん。平川祐弘氏の謦咳に
接しておられたんだろうなあ。
さて、その「文語文」の勢いで(笑)
三浦勝也著「近代日本語と文語文」(勉誠出版)を
読み出すとスラスラ読めます。ありがたい。
ということで、半分ほど読み進んだところです。
せっかくなので、こんな余談の箇所を引用。
「江戸期の面白さは、身分の上下を問わず、
文字の書けるレベルの人なら一様に様々な
記録を残していることで、この事実は、
日本の近世社会における、文化上の特質で
はないかと思います。旅をするうえの必需品
として、携帯用の筆と墨入れとがあったこと
は何を示しているでしょうか。それは見たもの、
聞いたものを書き留めておかずにはいられない
という精神の表れです。経済が安定し、識字率が
高まった江戸中期以降から、農民、商人、武士、
大名に至るまで、おびただしい数の紀行、随筆、
日記、書簡が書かれています。南谿の書いたような
文章は、その中から生まれたレベルの高い『作品』
で・・・近世を彩る、芭蕉、近松、秋成、馬琴と
いった華麗重厚な文学の陰にあって看過ごされがち
ですが、紀行・随筆類の文章は、近世の文章史を
貫いて流れていた大きな底流でした。もちろん
一流の文人・学者によって書かれた香気高いもの
があるかと思えば、一市井人の手になった備忘録
的なものもあり、内容も見聞、観察、身辺の雑事、
人生観等をこまごまと記したものなどが大半でした。
その文体は修飾を排し、実用に徹したものが大半で、
この種の文章が、文学的に価値のあるものと認められず、
ごく一部しか活字化されてこなかったのもそのためです。
しかしながら、認められようと認められまいと、
数百年間絶え間なく綴られてきたこの種の文章の堆積を
考えると、江戸期の日本人の持っていたその無目的とも
見えるエネルギーの量には圧倒される思いがします。」
(p96~97)
なにやら、ブログの先達に
思いを馳せることになるんだろうなあ。
ということで、この引用の中に登場する
橘南谿(たちばななんけい)の古本を
注文することにしました(笑)。
パラリパラリと読んだだけなのですが楽しめました。
ちなみに、古田島洋介氏は1957年生まれ。
東京大学文学部フランス語フランス文学科卒業で
東京大学大学院比較文学比較文化博士課程単位取得
満期退学。現在、明星大学人文学部教授。
とあります。うん。平川祐弘氏の謦咳に
接しておられたんだろうなあ。
さて、その「文語文」の勢いで(笑)
三浦勝也著「近代日本語と文語文」(勉誠出版)を
読み出すとスラスラ読めます。ありがたい。
ということで、半分ほど読み進んだところです。
せっかくなので、こんな余談の箇所を引用。
「江戸期の面白さは、身分の上下を問わず、
文字の書けるレベルの人なら一様に様々な
記録を残していることで、この事実は、
日本の近世社会における、文化上の特質で
はないかと思います。旅をするうえの必需品
として、携帯用の筆と墨入れとがあったこと
は何を示しているでしょうか。それは見たもの、
聞いたものを書き留めておかずにはいられない
という精神の表れです。経済が安定し、識字率が
高まった江戸中期以降から、農民、商人、武士、
大名に至るまで、おびただしい数の紀行、随筆、
日記、書簡が書かれています。南谿の書いたような
文章は、その中から生まれたレベルの高い『作品』
で・・・近世を彩る、芭蕉、近松、秋成、馬琴と
いった華麗重厚な文学の陰にあって看過ごされがち
ですが、紀行・随筆類の文章は、近世の文章史を
貫いて流れていた大きな底流でした。もちろん
一流の文人・学者によって書かれた香気高いもの
があるかと思えば、一市井人の手になった備忘録
的なものもあり、内容も見聞、観察、身辺の雑事、
人生観等をこまごまと記したものなどが大半でした。
その文体は修飾を排し、実用に徹したものが大半で、
この種の文章が、文学的に価値のあるものと認められず、
ごく一部しか活字化されてこなかったのもそのためです。
しかしながら、認められようと認められまいと、
数百年間絶え間なく綴られてきたこの種の文章の堆積を
考えると、江戸期の日本人の持っていたその無目的とも
見えるエネルギーの量には圧倒される思いがします。」
(p96~97)
なにやら、ブログの先達に
思いを馳せることになるんだろうなあ。
ということで、この引用の中に登場する
橘南谿(たちばななんけい)の古本を
注文することにしました(笑)。