和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

手紙も、そえてあります。

2020-11-27 | 手紙
はい。森三千代訳「枕草子物語」(岩崎書店「日本古典物語全集⑦」)
を、私は、たのしく読めました(フリガナつきです)。

枕草子のダイジェスト訳ですが、
私にとっては、はじめての枕草子。
はじめての印象は、やはり残しておきます。
といっても、とりとめがなくなるので、
ここでは『手紙』ということで、まとめてみます。

「行成卿(ゆきなりきょう)のおくりもの」と題された文から

「ある日、頭の弁(役の名)藤原行成卿から、使の者が来ました。
 
その使者は、白い紙に包んだ食べ物らしいものに、
花のいっぱい咲いた梅の一枝をそえて、とどけてきたのでした。

包みの中はなにかと、いそいであけてみると、
ヘイダンというお餅が二つならべてあります。
(へいだんは、もちの中に卵と野菜の煮たのを包んだ、
肉まんじゅうのようなものです。)

手紙も、そえてあります。
その手紙をひらいてみると、公式の目録をまねて、

 進上、餅餤(へいだん)一包
 例によって、件(くだん)の如し
 別当 少納言殿

とあって、月日を書き、おくり主の名は、
任那(みまな)の成行としてあります。・・・

さすがに能筆家だけあって、
すばらしく上手な字で書いてあります。
さっそく、中宮にお見せしますと、

『まあ、いい字。それに、おもしろい手紙だこと。』
と言って、中宮は、じっと字をながめたあとで、
その手紙を取りあげてしまわれました。

へいだんをもらったわたしは、
行成卿にお礼を言わなければなりません。
 ・・・・・・・           」
(p161~162)

手紙をとられる場面は、
「にわとりの鳴きまね」にもありました。

「行成卿からきたこの時の手紙は、みなで三通ですが、
あとの二通は、れいによって、字がうまいので、
人にとられてしまいました。

一通は、中宮の弟の隆円僧都(りゅうえんそうず)が、畳に頭を
すりつけて、どうしてもくれと頼んだので、もって行きましたし、
あとのは、中宮が、ほしいと言われたので、さしあげたのでした。」
(p167~168)


「うらやましいもの」にも、手紙が登場しておりました。

「字が上手で、歌を詠むことがうまくて、歌合わせのときなど、
まっさきに選に入る人も、うらやましいと思います。

貴(とうと)い身分の方のそばに仕えている女官(にょかん)が、
おおぜい集まっているとき、だいじなところへお出しになる手紙を、
人をさしおいて、わざわざ呼び出されて、すずりや筆をわたされて、
書かされている信用のある女官は、見ていてもうらやましいと思います。
仕えている女官たち、だれ一人として、
そんなに字のまずい人はないのですから。」(p203)

「山吹の手紙」は、中宮からの手紙でした。


「・・代筆ではなくて、
中宮がご自分でお書きになった手紙だと思うと、
ありがたくて、胸をとどろかせながら開きました。

なかには、山吹の花が一つ入っていて、つつんだ紙に、

『 いわで思うぞ。(なにも書かないけれど、忘れはしませんよ)』

とだけ、書いてありました。・・・・」(p185)


はい。それでは、
行成卿のように達筆ではなく。
女官がそばにいるわけもない。
そんな時代になるとどうすればよいのか?

ということで、随筆文学の、次のバトンをうけついだ、
吉田兼好「徒然草」は、この手紙をどう克服したのか。

「手のわろき人の、はばからず文(ふみ)書きちらすはよし、
見ぐるしとて、人に書かするはうるさし」

これについて、谷沢永一著「百言百話」(中公新書)には
こうあります。

「字の下手なんか、平気で手紙なんかをドシドシ書くのは宜しい。
見苦しいからと云ので、人に書かせるのは、うるさい厭味なことだ
(沼波瓊音(ぬなみけいおん)訳文)。

沼波瓊音は『この段は短いが、言が実に強い』と嘆賞して、
次の如く彼一流の『評』を記している。

『私が中学に居た時、和文読本という教科書の中に、
ここが引いてあった。鈴木先生の講義を聞いた時に、
少年心(こどもごころ)ながら、ハッとした。

今からその時の心持をたとえていって見ると、
凜然たる大将が顕われて、進め、と号令したような気がした。
恥ずるに及ばぬ、自分を暴露して、その時々のベストを尽くして、
猛進するのだ、という覚悟は、この段の講義を聞いた時に
ほのかながら芽ざしたのであった』。
大正3年の著作であるから・・・・」(p122)

はい。徒然草でどうやら達筆の呪縛から、
解き放たれた。そんな気がするのでした。





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