和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ジュニア向け古典の再話。

2020-11-20 | 本棚並べ
この前、向井敏著「本のなかの本」(毎日新聞社・1986年)を
本棚からとりだしたので、今の自分に興味を引く本はないかと、
紹介されている150冊の本の目次をみるのでした。
たとえば、
山崎正和著「室町記」は「『豊かな乱世』の発見」と目次にある。
うん。ほかにはないかと目次をみてゆくと、ありました。
神田秀夫著「今昔物語」に、「よみがえる古典の感触」とある。
さっそくその箇所をひらいて2頁の紹介文を読む。
注には、神田秀夫氏の「今昔物語」は
「初刊昭和32年、弘文堂。のち改訂して岩崎書店版
『日本古典物語全集』第八巻に収める」。

うん。この全集は
「ジュニア向けに編んだ古典の再話集」らしい。
向井敏氏のこの「今昔物語」紹介文の最後を引用。

「構成についていえば、原典に収める1028の説話から27話を選び、
律令体制が変質しつつあった平安後期の揺れ動く時代相を一望できる
形に順序や配置を整える。再話の仕方にしても、単なる現代語訳や
手っとり早い縮約というのではなく、『今昔物語集』のほか、
『宇治拾遺物語』『梅沢本古本説話集』『日本霊異記』など一連の
説話集の類話をすべて点検のうえ、一つの説話のなかに巧みに
溶かしこんだり、半端なエピソードを発端と結末をそなえた物語に
組み直したりして、当時の世相や人びとの考え方をより豊かに
感じとれるように工夫をこらすのである。」(p172~173)

はい。読んでみたくなりました(笑)。
ネットで検索すると、全集のなかの単体では見つからず
岩崎書店の『日本古典物語全集』全30巻のうち
30巻目が欠の、29巻揃いで送料入れて5800円が見つかる。
このなかに神田秀夫著「今昔物語」は、はいっている。
一冊5800円ならば、これはもう、あきらめるのですが、
一冊200円×29巻=5800円なら、一冊200円の古典が29冊。
私はどうしたのか。
はい、注文することに。

こういう場合。
向井敏著「本のなかの本」の言葉の魅力に、
抗いがたかったということで、決着します。

「ジュニア向けに編んだ古典の再話」という指摘が、
私みたいな古典の通読が苦手な者には何より有難い。

なので、早晩ブログでご紹介できるかと思います。

ちなみに、向井敏著「本のなかの本」のなかには、
「書評紙上まれに見るすばらしい言葉を捧げた」
という中野重治の言葉が引用してあります。
その箇所を、最後に孫引きしておくことに。

「ああ、学問と経験とのある人が、
材料を豊富にあつめ、手間をかけて、
実用ということで心から親切に書いてくれた
通俗の本というものは何といいものだろう。」(p143)


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ポンぺと武士と医学。

2020-11-20 | 本棚並べ
渡辺京二著「逝きし世の面影」はページ数が多くて
読まない(笑)。とりあえず、各章の最後の注をひらいてたら、
ポンぺ著「日本滞在見聞記」からの引用があるらしい。

はい。「逝きし・・」は、そのままにして、
注にある、ポンぺの翻訳をネット検索。
各当の著書の翻訳は、あるにはあるのですが、
値段が高いのであきらめ、他を検索してると、
桑原敏眞著「日本近代医学の父ポンぺと幕末のオランダ人たち」
(文芸社・2018年・上下巻)というのがある。うん。
その下巻を注文。定価750円+送料300円=1050円。

それが届く。目次をひらき
「ポンぺの教育」という箇所が気になり、ページをめくる。
そこから引用。

「ポンぺは日本に来てから外来診療、学生の教育に日々
忙しくなる毎日を送っていた。
ポンぺの名声を聞いた清国の上海からも、
多くの欧米人が健康を取り戻す為に長崎に来た。
上海では水が汚く、消化器系の伝染病が頻発していた。
しかし、長崎では水もきれいで気温も快適で、
特に長崎近郊の雲仙は欧米人の避暑地としてにぎわった。

 ・・・・・・・

講義は外来患者が終わってから行われた。・・・・

ポンぺの目には日本の学生はオランダ語、数学が特に劣っていた。
ポンぺが一人の学生に言ったことがある。
『どうして、簡単な数学ができないのですか』

そのとき、ポンぺの質問に驚くべき返事が返ってきた。

『算術は町人のすべき学問、我々武士が学ぶ学問ではないのです』
日本では数学は算術と言われ、商人がするソロバンであった。
武士がソロバンをはじくことは恥辱でさえあると考えていたのである。

『医学は科学です。科学である以上数学はその基礎となる学問です』
この言葉を何度ポンぺは繰り返したであろうか。

しかし、学生たちは一向に数学を熱心に勉強することはしなかった
のである。医学を学ぶ為に物理や化学が本当に必要であると思っていない
以上、数学は無用の長物であったのである。

物理や化学、そして数学は長崎医学伝習所の学生たちより、
長崎海軍伝習所の学生たちのほうが、より習得に熱心であった。」
(p57~58)

案外と、コロナ禍の医療での数学統計の数字にしても、
感染者数の増加は喧伝されていても、死亡者数や重症者数の
数字は伏せられているような感じを抱くのはひとり私だけでしょうか。
そんなことを思うにつけ、
マスコミに「長崎海軍伝習所」の熱意ある学生がいればと
そんなことを歴史を越えて思えてくる記述でした。


著者の桑原敏眞(くわばらとしまさ)氏の略歴は
昭和24年、岐阜市生まれ。
昭和51年、長崎大学を卒業、名古屋第二赤十字病院研修生として勤務。

平成6年、愛知県海部郡佐屋町で『くわばら内科胃腸科』を開業。
地域医療に従事している・・・・

はい。こうプロフィールにありました。



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