大矢鞆音著「画家たちの夏」(講談社・2001年)の
カバーの折り返しにあるところの著者略歴。
( ちなみに、カバーの絵は安野光雅 )
その最後に、
「・・2001年3月開館の津和野町立『安野光雅美術館』館長。」
とあったのでした。
うん。ここは『あとがき』から引用してみることに
「一人の編集者として、40年近く黒子の役割に徹してきて、
今まさにその役割を終えようとするとき、はからずも
この一書を書くことになった。・・・・・
心惹かれる4人の画家と改めてじっくりと向き合い、そして
『父との夏』で内側から見つづけた制作の現場を回想してみた。
改めての父との対話である。・・・ 」(p276~277)
そして、「絵の旅人 安野光雅」(ブックグローブ社・2021年)の中の
大矢鞆音「安野光雅『絵のまよい道』を読みながら」は、こうはじまって
おりました。
「随分昔、夏休みはいつも父とともにあった。
日本画家だった父は、冷房もない夏の日の一日を
背中いっぱい、びっしりの汗をかきながら、
秋の展覧会めざして描き続けていた。・・・ 」
こうして始まる回想は、安野光雅さんの若い頃の
油彩作品の個展にまつわるアレコレへとつながっておりました。
うん。その次に、安野光雅著「絵のまよい道」を購入。
「絵のまよい道」は1998年7月発行とあります。
司馬遼太郎は、つい1996年2月に亡くなっております。
年譜を比べると、
司馬遼太郎は1923年8月生まれで、
安野光雅は、1926年3月生まれでした。
安野さんは早生まれですから、学年でいうと2学年違い。
安野さんが、司馬さんが亡くなると同じ72歳の年齢まで、
きゅうきょ連載され、それが一冊の本になったのでした。
あらためて、『絵のまよい道』をゆっくりとひらきます。