松下緑著「『サヨナラ』ダケガ人生カ」(集英社・2003年)
を本棚に見つけたので紹介。
井伏鱒二著「厄除け詩集」を思うと、この本を思い浮かべます。
読みたかった箇所をひらく。
「『サヨナラ』ダケガ人生ダの一句は、
井伏さんの弟子、太宰治が愛誦して世に広まった。
太宰は戦後、無頼派文学の旗手として、
生の破滅をテーマに多くの作品を発表したが、
朝日新聞に連載小説『グッド・バイ』を書き出してまもなく、
心中して果てた。
まさにサヨナラダケが彼のテーマだった。しかし、
一期一会とは言っても一期一別とは言わない。
人は生まれて誰と出会うか、その出会いこそがその人の生涯を決定する。
サヨナラダケが人生ではない。その出会いには
古今東西の書物や音楽、信仰なども含まれよう。
于武陵(うぶりょう)の詩の後の二句は
『 花が咲くと雨風がそれを散らしてしまうことが多いように、
人は生きてゆく間に多くの別離を経験する 』
ということであろう。
私は自分なりにこの詩を訳してみて、サヨナラダケガ人生ダ
という断定的な表現をいぶかしく思うようになった。・・・」(p96~97)
はい。ここでは、最後に漢詩と3人の現代語訳を引用しておきます。
まずは、于武陵の読み下し
君に勧む金屈巵(きんくつし)
満酌辞するを須(もち)いず
花発(ひら)けば風雨多し
人生別離足る
つぎに、井伏鱒二訳、松下緑訳、潜魚庵訳とならべてみます。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「 サヨナラ 」ダケガ人生ダ
金ノサカズキヒトイキニ
ホシテ返シテクレタマエ
花ガヒラケバアメニカゼ
人ハワカレテユクモノヲ
サラバ上ゲマシヨ此盃ヲ
トクト御請(おう)ケヨ御辞退無用
花ノ盛リモ風雨ゴザル
人ノ別レモコノ心(ここ)ロ ( p94~95 )