読売新聞10月7日「本のよみうり堂」の最初のページに、
ロバート・キャンベル氏が
鈴木健一編「鳥獣虫魚の文学史」1~4で完結(三弥井書店)について書いており読みごたえがありました。私は買わないのですが、気になるので、こうしてチェックだけはしておこうと思います。
この本については
「『古事記』から幕末絵入り小説まで、あらゆる文芸ジャンルを専門とする若手研究者数十人を動員しつつ、各巻をゆるやかな時系列に整え、獣(全19章)から鳥(全20章、以下同)、虫、魚の順に動物描写本位の文学史を語ってみせる。兎、猫、雲雀、鷹、鈴虫、蝦蟇、鰻、鱸を筆頭に、従来でなじみ深かった生き物もあれば、象、虎、孔雀という珍獣奇禽が勢揃い、愉快な発見に充ちている。編者によると、日本古典文学と動物という視座からは、人力を越えた動物の神秘性、すなわち『神との回路』と、逆に人間との親和性、行動が共通する点から醸し出される懐かしさ、『人の心の鏡』を動物に見いだすことができるという。」
さてっと、
私のお気に入りは、キャンベル氏の、この本の紹介文のはじまりでした。
そこに、こんな箇所があります。
「・・日本文学研究の現状でいうと、ご多分に漏れず細分化が進んでいる。新たな解釈が次々と生みだされる一方で、その解釈から何百年という時代の移ろいを見わたす足場を作り得ていないのが実情だ。しかし文学を愛する我々とすれば、あの時代、この作者の頭の上を軽く飛び越えて、浩々たる鳥瞰図を文学史に見せてほしい。」
時に、こんなスケールを語ってくれるのを聞けるよろこび。
「新たな解釈が次々と」というのと、「何百年という時代の移ろいを見わたす」の対比が鮮やかに伝わります。こういう指摘はとてもありがたいのでした。とかく、新たな解釈だけに右往左往している自分がおります。
ロバート・キャンベル氏が
鈴木健一編「鳥獣虫魚の文学史」1~4で完結(三弥井書店)について書いており読みごたえがありました。私は買わないのですが、気になるので、こうしてチェックだけはしておこうと思います。
この本については
「『古事記』から幕末絵入り小説まで、あらゆる文芸ジャンルを専門とする若手研究者数十人を動員しつつ、各巻をゆるやかな時系列に整え、獣(全19章)から鳥(全20章、以下同)、虫、魚の順に動物描写本位の文学史を語ってみせる。兎、猫、雲雀、鷹、鈴虫、蝦蟇、鰻、鱸を筆頭に、従来でなじみ深かった生き物もあれば、象、虎、孔雀という珍獣奇禽が勢揃い、愉快な発見に充ちている。編者によると、日本古典文学と動物という視座からは、人力を越えた動物の神秘性、すなわち『神との回路』と、逆に人間との親和性、行動が共通する点から醸し出される懐かしさ、『人の心の鏡』を動物に見いだすことができるという。」
さてっと、
私のお気に入りは、キャンベル氏の、この本の紹介文のはじまりでした。
そこに、こんな箇所があります。
「・・日本文学研究の現状でいうと、ご多分に漏れず細分化が進んでいる。新たな解釈が次々と生みだされる一方で、その解釈から何百年という時代の移ろいを見わたす足場を作り得ていないのが実情だ。しかし文学を愛する我々とすれば、あの時代、この作者の頭の上を軽く飛び越えて、浩々たる鳥瞰図を文学史に見せてほしい。」
時に、こんなスケールを語ってくれるのを聞けるよろこび。
「新たな解釈が次々と」というのと、「何百年という時代の移ろいを見わたす」の対比が鮮やかに伝わります。こういう指摘はとてもありがたいのでした。とかく、新たな解釈だけに右往左往している自分がおります。