「マシュー・ボーンの『くるみ割り人形』は、私が生まれて初めてちゃんと生の舞台で見たバレエでした。見た目はおもちゃ箱をひっくり返したようなデザインのカラフルで楽しい作品ですが、物語はふつうの『くるみ割り人形』と違って、孤児院に住む少女の恋を描いたちょっと大人のお話です。ボーン版『くるみ割り人形』に出てくるヒロインのクララは、言ってみれば小説や映画、漫画に出てくる登場人物に憧れて夢を見ている、オタクっぽい文化系女子です。 」(北村紗衣/イギリス演劇研究者)
2020年の「赤い靴」がコロナ問題のため公演中止となったこともあり、そろそろ観てみたいと思っていたマシュー・ボーン作品を映画で観た。
「くるみ割り人形」は、彼のバレエ団の実質的な第一作であり、約30年前:1992年の作品である。
私は基本的にライブしか見ないのだが、マシュー・ボーン作品は「セリフのないミュージカル」であり、表情が重要な要素なので、その点に限ればライブより映画の方が迫力があるとも言える。
ストーリーについては、「白鳥の湖」もそうだが、この人が創るストーリーは大胆な”再解釈”が施されているので、やはり予想を裏切る展開である。
中盤からはバッド・エンドになりそうな流れなのだが、最後の1分間でそれも裏切られる。
ところで、桜沢エリカさんが指摘する「幸福感いっぱいのパ・ド・ドゥ」だが、注意してみていると、どうもバレエの要素だけで出来ているわけではなさそうである。
マシュー・ボーンは22歳でバレエを始めた人であり、それまでは演劇やサブカルチャーの方に没頭していたようなので、いろんなものがミックスされている。
本作も、設定にはディケンズの「オリバー・ツィスト」が取り込まれており、ハリウッド映画にヒントを得たキャラクターが登場し、フィギュアスケートのコリオも入っているらしい。
どういう要素が含まれているかを推理するのも面白そうである。