「第四に、以上のような抑止力理論やブロック対抗理論の失効をもたらしている国際社会の基底部の変化がある。少なくとも、西ヨーロッパからウクライナまで、或る種の(ただしなお表層的な)市民社会が延びており、これが攻撃されたという意識が強い援助を支え、ブロックの壁を突き破っている。・・・
他方、ロシアの権力者たちは、この市民社会の伸長に怯えたのでもあるし、その力を見損なって失敗したのでもある。2014年以来はっきりしてきた彼らの正体は、資源産業に特有の暴力組織化を異常肥大させた危険な集団である(これがロシアのウクライナ侵攻を説明しうる唯一の「原因」である)。「西側」の経済構造に深く寄生してきた(結局こんなものを生み出した「西側」の経済構造および囃し立てたエコノミストには大きな責任がある)。」(p56)
ウクライナ侵攻の「原因」について、木庭先生は、「資源産業に特有の暴力組織化を異常肥大させた危険な集団」、いわゆるオリガルヒの存在を指摘する。
ということは、プーチンが喧伝する「NATO拡大に対する自衛」がインチキであることはもちろん、彼が信奉する宗教も、「原因」ではないということになる。
さて、ここで批判の対象とされている「西側」のエコノミストとして真っ先に思いつくのは、ジェフリー・サックス氏である。
「冷戦が崩壊した1989年、サックスは民主化を達成したばかりのポーランドに招かれ、「連帯」指導者の一人で民主ポーランドの初代首相となったマゾヴィエツキの求めに応じてわずか1日で処方箋を書き上げた。この「ショック・セラピー」も、さまざまな弊害をともないながらも、ポーランドが短期間に自由経済に移行するのに大きく貢献したとみなされ、若きサックスの名声は頂点に達した。
翌1990年、サックスはボリス・エリツィンに招かれ、新自由主義的な経済改革をアドバイスすることになる。だが案に相違して、ロシアは経済発展へのテイクオフに失敗したばかりか、国営企業の無謀な民営化によって「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥が跋扈する異形の経済が誕生し、1998年にはロシア金融危機を起こして財政破綻してしまった。」
ちなみに、私は、2002年ころからこの経済学者の言説に注目している。
というか、私の留学先の部長(地球研究所所長)を務めていたのが彼であり、私も彼の公演(講義?)を聴いているのだ。
一時は「貧困との闘い」の先頭に立つ救世主のように見えた彼だが、ロシアに関して言えば、どうやら失敗したようである。