冒頭で曽根さんがマイクを持ち、
「今日はまず言っておかなければならないことがあるので、話します。プログラムには、冒頭に即興的なプレリュードを弾くと書きましたが、気が変わりまして、弾かないことにいたします。」
というので、皆さん笑ってしまった。
芸術家は気分が大事なのである。
さて、日本の西洋音楽教育の黎明期において、バッハが余り重視されなかった理由は、私見では、① ピアノ用の曲ではないこと、② ダンス音楽(舞曲)が大半を占めること、ではないかと思う。
そのことを示すのが、「パルティータ」である。
この曲は、「クラヴィーア(鍵盤楽器)練習曲集」という名も併せ持つが、バッハの時代のクラヴィーアというのはチェンバロないしクラヴィコード(バッハ最愛の鍵盤楽器クラヴィコード )か、パイプオルガンないしハープシコードだったらしい。
もっとも、「パルティータ」がチェンバロないしクラヴィコード向けに作られたという点については争いがなさそうである。
しかも、1曲目(プレリュードなど)以外は殆ど舞曲であり、その動き(飛んだり跳ねたり?)は明治期の日本人には到底馴染みのないものだったと思われる。
なので、奥好義の「洋琴教則本」(入手困難につき内容は無確認)に「パルティータ」などのバッハ作品が含まれていないとすれば、それも無理からぬことなのだろう。
J.S.バッハ(鈴木大介編):
リュート組曲 第1番 ホ短調 BWV996
リュート組曲 第4番 ホ長調 BWV1006a
組曲 ニ長調 BWV1007(原曲:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調)
組曲 イ短調 BWV1008(原曲:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調)
組曲 ト長調 BWV1009(原曲:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調)
リュート組曲 第1番 ホ短調 BWV996
リュート組曲 第4番 ホ長調 BWV1006a
組曲 ニ長調 BWV1007(原曲:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調)
組曲 イ短調 BWV1008(原曲:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調)
組曲 ト長調 BWV1009(原曲:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調)
現代でこれに一番近い楽器は、やはりギターだろう。
だが、第3、4番は無伴奏作品からの編曲なので、リュート専用のオリジナル曲は第1、2番の2曲のみということのようだ。
対して、「無伴奏チェロ組曲」については、バッハ自身がヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで弾くために作曲したという説(バッハの持っていたチェロ)がある。
何とバッハは、オルガニストとしての卓越した演奏技術を持っていただけでなく、18歳の時にヴァイマールの宮廷楽団にバイオリン担当として就職しているほどにバイオリン演奏の技術を持っていたそうである。
いずれにせよ、明治期の日本人がバッハを消化しきれなかったのには、相応の理由があるようだ。