「東京都は、客が行う迷惑行為や悪質なクレームなどのカスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」を防ぐ全国で初めての条例の制定に向けて、早期の条例案の提出を目指すことにしています。」
アメリカの大学院に留学していた頃、行政学の授業で、テキストに
"keep your boss satisfied"
というフレーズが出て来て、ちょっと考え込んでしまったことがある。
これが "keep a customer satisfied"をもじったものであることは言うまでもないが、このフレーズで私は、サラリーマン時代、関西地方のある店舗で働いていた頃の経験を思い出したのである。
それは、私が勤めていた会社のことではなく、同じ営業エリアの某メガバンクの店舗に配属された、一橋大出身のエリート新人が犯したある”失敗”のことである。
彼は、ある大口取引先(私もこの会社の担当)の社長さんとの最初の面談の際、手形取引について、
「手形の受け渡しは、必ず店舗にお越し頂いて行います。手形の現物を私が御社に来てお預かりする、あるいは御社にお持ちすることは致しません。」
という趣旨のことを述べたそうである。
おそらく、これは行内規程どおりの取り扱いであり、研修などでもこのように説明するよう指導されたのだと思う。
だが、この社長さんは、彼の言葉に激高し、上席(たぶん支店長)に対して、以下のようなクレームを入れたようである。
「歴代の担当者は、全員いつもうちの会社まで来て手形の受け渡しをしていたのに、それを拒否するとは、今度の新人はとんでもない奴だ。一橋大の出身だかどうか知らないが、うちにはこういう担当者は要らない。」
(ここで少しコメントしておくと、私の知る限り、中小企業の経営者の中には、いわゆる”高学歴者”に反感を持っている人が結構いるし、関西地方の場合、関東の名門大学出身というだけでアレルギー反応を示す人も少なくない。
なので、社長さんからこの話を聞いた私は、「この新人君、可哀想に、社会人になって早々、手痛い”失敗”をしてしまったな!」という感を抱き、他の会社のことではあるが心配になったのである。)
これを受けて、支店長がどのような対応をしたかは不明である。
だが、私は、この新人君に全く罪はなく、むしろ歴代の担当者に問題があったと確信した。
"keep a customer satisfied"は結構なことだが、そのために、規程を無視してまで”特別扱い”をしてしまったところに根本的な問題があったのである。
もちろん、この背景に、苛烈な営業ノルマがあることは言うまでもない。
ノルマ達成という至上命題のために、行内規程を守ることよりも、大口取引先の”機嫌を損ねる”ことなく、営業成績を挙げることの方が優先されたのである。
結局のところ、「揉み手営業すべからず」というのが正しいのだろう。
「揉み手営業」は、カスハラを生み出したり助長したりする恐れがあるのだから。
これは、自分が属する組織内の関係についても当てはまるはずであり、
"keep your boss satisfied"
を余り強調し過ぎると、同様の過ちに陥る恐れがあるだろう。