「発端と序幕の間には、柿色に三升の紋の裃姿で登場(これも早替り!)。舞台に大きく映し出された人物相関図を背に、『義経千本桜』のあらすじを解説する。
再興を目指す平家の残党、源頼朝の追っ手から逃げる義経一行、それを取り巻く人々……。立役、女方、若衆から老け役まで團十郎が勤める13役は次の通り。
左大臣藤原朝方、卿の君、川越太郎、武蔵坊弁慶、渡海屋銀平実は新中納言知盛、入江丹蔵、主馬小金吾、いがみの権太、鮨屋弥左衛門、弥助実は三位中将維盛、佐藤忠信、佐藤忠信実は源九郎狐、横川覚範実は能登守教経。」
七月大歌舞伎・昼の部は、「義経千本桜」のダイジェスト版で、團十郎が十三役早替り+宙づりの大活躍を見せる「星合世十三團」。
2019年初演から5年ぶりの再演だが、歌舞伎初心者や外国人の方にも楽しめるよう、上に引用したような分かりやすい解説が付いている。
(1)発端 福原湊の場
「発端は、満月の福原湊。定式幕が開くと壇ノ浦で散ったと思われていた平家方の猛将・能登守教経(團十郎)が圧倒的な迫力で登場。拍手や大向こうの余韻も冷めぬうちに、花道から高貴な身なりの平維盛(團十郎)が逃げのびてくる。美麗な貴公子のピンチを、あわやというところで救うのは着物の裾に波の模様の頼もしい男、渡海屋銀平、実は平家の名将・新中納言知盛(團十郎)だ。」
おそらく、観客にとってはここが一番分かりづらい。
今回の公演では、この後スクリーンに人物相関図が現れて説明がなされるのだが、こうした図を筋書きにも入れて欲しいものである(国立劇場の文楽のプログラムだと、複雑な演目ではだいたい人物相関図が入っている)。
教経、維盛、銀平こと知盛の3人(全員團十郎)が次々と登場するが、現代の観客の殆どはこの3人の関係を知らない。
なので、平家略家系図のような図は必須だろう。
教経は清盛の甥であると同時に、出家した(ていの)維盛の叔父、町民に身をやつした知盛は維盛の伯父、という関係にある(たぶん)。
既に死んだと思われていたこの3人が実は生きていた、というのが「義経千本桜」における斬新な発想とされているわけである。
この時点でうすうす分かるとおり、「平家再興」つまり「お家存続」がこの物語の中心的なテーマとなっている、というか、そのために作者はわざわざ史実をつくり変えたというのが真相だろう。
(2)序幕
① 堀川御所の場
ここは、原作である文楽の「堀川御所の段」をだいぶん改変、というか簡略化してある。
突然、左大臣藤原朝方(團十郎)と義経(梅玉は体調不良のため松也が代役)が登場。
朝方は平家討伐の恩賞として「初音の鼓」を与え、これが後白河院の院宣だと告げる。
これは、頼朝を「打て」(=「討て」)というメッセージだという(現代の観客にすんなり伝わるか疑問ではあるが・・・。)。
筋書の解説では、これを聞いた義経は、「後白河院への「忠義」と、兄頼朝への「孝心」との間で板挟みとなる。」とあるが、この説は、小学6年の社会科の教科書でも取り上げられているようだ(源頼朝は、なぜ義経をたおしたの)。
これに歌舞伎(文楽)では、義経の正室:卿の君の問題が加わる。
卿の君は、平時忠の娘であり、義経が平氏の血を引く女性を妻にしたことが、頼朝の疑いを招いたという設定である。
鎌倉方の上使である川越太郎(團十郎)は、義経に対し、卿の君を討ち、その首を差し出して疑いを晴らすよう告げる。
とんでもないポトラッチの提案である。
この様子を聞いていた静御前は「御台様(卿の君)の身代わりに!」と自ら申し出、歌舞伎ではお馴染みのポトラッチ合戦が始まる。
案の定、卿の君は自身に刃を突き立てた状態で現われ、義経に介錯を頼むが、そこに川越が割って入る。
川越は、実は卿の君が、平家の姫との間に設けた自分の娘であると明かす。
「他人にあらぬ。父の介錯、迷わず成仏してくれよ。親子の名乗りが、親子の名残り」
と述べて、卿の君の首を斬り落とす。
結局のところ、歌舞伎(と文楽)では頻出の、「ポトラッチとしての子殺し」であった。
ところがそこへ、鎌倉方の討手の土佐坊昌俊を相手に、武蔵坊弁慶が討って出たことが知らされ、卿の君の命は無駄に失われたことが判明する。
ここまでのポトラッチ・ポイントは、義経を守るため卿の君が犠牲となったことから、5.0:★★★★★。