パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

身内の作った和歌

2024年10月07日 17時09分32秒 | 徒然なるままに

人(ひと)の親(おや)の心(こころ)は闇(やみ)にあらねども
子(こ)を思(おも)ふ道(みち)に惑(まど)ひぬるかな

現在読んでいる最中の「香子 紫式部物語」帚木蓬生著には、この和歌が度々でてくる
内容は現代語にしなくても何となく分かるし、共感を覚える
でもあまりにもよく出てくるので、ググってみたらこの作者は紫式部の曽祖父の藤原兼輔だった
検索先には、この歌に由来する表現(いわゆる「引き歌」)が、実に26回も登場しているとあった

和歌も知った人とか、その関係者が作ったものだとわかると、何となく興味が湧く
その視点で探していたら、「光る君へ」では、バランス感覚の悪い困った人物である
藤原伊周の息子の歌が百人一首にあることがわかった

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで 言ふよしもがな

63番目の歌がそれで、意味は
今となっては、あなたへの想いをあきらめてしまおう、ということだけを、
人づてにではなく(あなたに直接逢って)言う方法があってほしいものだ。
(長岡京 小倉山荘 公式ブランドサイトから)

この人、親父さんと同じような人だったらしく
幼い頃に父親が失脚、さらに24~5歳の頃にこの歌に描かれた恋愛事件によって三条院の怒りを買い、
生涯不遇でした。従三位左京太夫となりましたが、『小右記』によれば、
法師隆範を使って花山院女王を殺させたり、敦明親王雑色長を凌辱したりと乱行の噂が絶えなかったようで
「悪三位」の呼称があります。
と、長岡京 小倉山荘 公式ブランドサイトの説明にある

あの親にして、この子ども!遺伝には逆らえないな、とも感じてしまう

ところで、「光る君へ」では33帖まで書き上げたことになったいた源氏物語
その先は「若菜」では光源氏がしっぺ返しを食らうような大変なストーリーになっていく

それからもっと後では、光源氏のDNAを持った若者と頭中将のDNAを持った若者の
性格の違い、思い切りの違いが際立つようになっている(浮舟に対する行動において)
あの時代に遺伝などという考え方があったかどうかは知らないが
それを書ききった紫式部はやはり凄いと思う



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« うまい話は怪しい!と感じる... | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

徒然なるままに」カテゴリの最新記事