◆大きな転換点、そして視野狭窄と変化
本日で同時多発テロから9年を数えることとなりました。そこで本日は9.11からの世界について、少し考えたいと思います。
歴史の大河を一つ渡ったというような大きな事件、当時は当方夕食の途中、テレビ番組が突然と報道特別番組に切り替わり、いきなりもくもくと煙を上げる世界貿易センタービルが俯瞰風景で流されましたが、なにが起きていたのか日本の報道当局も把握し切れていなかったようで、大変なことが起きました、と連呼するばかり。
歴史の転換点、というのは後々の評価により定まるのでしょうけれども、どうやらテロらしい、ということで93年の世界貿易センタービル爆弾テロを思い出したものの、地下駐車場で爆発した事件とは異なり、911ではもう一機がタワーに突入し、ジェット燃料が鉄骨部分を溶かしたことでタワーは自重で崩壊しました。
二つのタワーへの衝突は振動となって周囲を揺らせたそうで、大学の特命教授の方はすぐ傍に当時いらして、地面が揺れた途端に周りのアメリカ人は避難を始めました、さてどうしたのですか、と聞くと曰く、マンハッタン島は古い地層の上にあるんだ!地震は起きることがない地層の上にあるんだ!そこが揺れたということは理由は一つだ!、と避難されたとのこと。
情報網とともに世界に映画のように伝えられたこの状況、後に友人となった方は当時留学中でこの日一つ中心部に遊びに行こうか、と窓の外を眺めたらば見覚えのある風景に煙が上っていた、と。一昔ならば、あのときなにをしていたのか、という引き合いに三島事件を持ち出す方が多かったようですが、昨今はこの911でしょう。多くは遅めの夕食中だったかたがおおいようですが。
国家と武装勢力の戦争というものは過去にいくつも例があるのですが、ここまで大規模なものは中々挙げにくくこの先どうなっているのか、文字通り、大変なことになった、これで世界は変わる、ということは認識されたのでしょうけれども、まさか9年を経ていまだにアフガニスタンで戦闘がくりひろげられる、ということは想像できなかったのではないでしょうか。
兆しはあったのです。新聞の国際欄を俯瞰して少し前にマスード司令官暗殺の一報が載せられていても、ここまで状況が急展開するとは考えるのが難しく、米軍がアフガニスタン空爆を開始した際にロシアの退役軍人が警告していたような米軍の苦戦は当時なく、やはりソ連の苦戦はアメリカの武器援助があって成り立っていたのか、と感じました。
そう思ったのもつかの間、2003年に米軍が今度はイラクに先制的自衛権の行使を掲げて介入した後には、イラク戦争に集中するあまりいつの間にかアフガニスタン情勢が緊迫化、ソ連のアフガニスタン侵攻のはるか以前、イギリスがアフガン戦争の際に独力で消耗戦に持ち込んだことを思い出すこととなりました。
そこで生じたのは覇権国でも視野狭窄に陥るのか、という事でしょうか。大変なことになった、という思いが先行して判断が曖昧になっていた、ということが当時いえたのでしょうね。アメリカでは愛国法が成立して少しでも国論に反したり素振りの怪しい奴は非国民で同時にそれはアメリカを脅かすテロリストだ、と拡大解釈されるなんとなく1950年代のレッドパージ、アメリカファシズムの時代を彷彿させる状況になりまして、その潮流に乗ってアメリカの中東政策に批判的なフランスを敵視する風潮から何故かフレンチフライが道路にぶちまけられました。
そこで突き進むところまで進んだ、というべきか勢いアフガニスタンを空爆するとともにイスラム原理主義というものの本質を見誤って元々社会主義革命で政権を獲得してイスラム原理主義とは水と油の政治姿勢を貫くイラクへ進攻、結果イラクの統治能力が破綻してこの空白に乗じて本当にイスラム原理主義の武装組織が浸透してくる、という状況にもなってしまった訳です。
テロリズムからアメリカを守る、という思考が先行に先行を重ねまして、なにが起きたかといいますと先制的自衛権の行使、早い話がやられる前にられ、という論理に正当性を与えてしまったことなのですけれども、これを元にイラクとアフガニスタンで実施した軍事行動はアメリカの国防装備体系に深刻な消耗を強いることになりまして、予算という面で響きました。
前方展開から機動力向上による展開を意図した米軍再編計画、中心となるべき将来装備は削減の対象となり、海軍のDD21将来駆逐艦を中心とした艦隊構想が遅れに遅れて規模は縮小、結果単価に跳ね返り駆逐艦が30億ドルに達して余計に計画を苦しめることとなり、海軍の次世代航空母艦計画にも影響が生じました。
進むべき道は明確だったのに、目的地が急に不明確になった、というべきでしょうか。理由は間接的なのですけれども戦費捻出の関係から空軍のF22調達計画も下方修正を強いられ、陸軍も次世代観測ヘリコプター計画がRAH66ごと破綻、次世代砲兵計画も破綻して代替となるはずの将来戦闘システムFCSは計画遅延と無理な仕様盛り込みのために風前の灯火、代わって車高が大きく正規戦には使いにくい無数の耐爆装甲車と航空優勢確保が運用の前提となる多数の無人機が揃う、という状況になっています。
こうした中で、海洋の自由や資源、世界秩序に関する構想が急速な経済成長を続ける大陸中国と現在の世界秩序を創世したアメリカとが合致しない、ということが明らかになり、気がつけば沿海域での能力では中国が急激にアメリカを追い上げているという状況になっていて、テロリストといいますか、アメリカが展開した先での近接戦闘に備えた装備から慌てて太平洋正面の安全保障に関して関心を寄せるようになりました。
近接戦闘よりも制海権確保と絶対航空優勢確保が必要になってきたわけでして、テロリストはサリンや炭疽菌、爆薬はもっていても潜水艦や戦闘機、駆逐艦や戦車は持っていない訳なのですからこうした装備を持っている中国軍がアメリカの世界秩序へ挑戦しようとした場合、その脅威に対応できるように装備体系を転換しなくてはいけないのだけれども、転換というのは急にはできないものです。
急激な装備体系の転換には慎重で基盤的防衛力を維持してきた保守的な日本の自衛隊が正解だったわけでして、個々の面では技術的に進んだものが多い米軍なのですけれどもこれはミクロ的に見た場合でマクロ的な面で方向性に問題があったわけです。そこで空対空戦闘に機動性の面で問題が指摘されるF35など、従来型の脅威へは必ずしも万全に対応できない米軍は今後苦労するのかもしれません。
一方で、大きく変わったのは日本も同じといえるでしょう。気づいたらば舞台の中央にいました。これまでは国際武力紛争とは距離を置いていたのですが、まさかアラビア海、イラクやパキスタンが活動範囲にはいるとは、と。同時多発テロの以前には日米安全保障条約の極東条項でさえも台湾海峡が含まれるのか、という議論があったのですから、日本がこうした遠い地域での任務を考える、ということは同時多発テロ以前では文字通り想定外だったはずです。
日本はかつてほどの経済成長を維持することが出来なくなりつつも、しかし現在の国際秩序の基盤の部分を支える重要なアクターであることには変わりありません。一方で同時多発テロ以降の一連のテロとの戦いによる戦費と、軍の装備体系への影響によりアメリカの特に通常戦力の面でのパワーは絶対的位置から局地的には相対的になることもあり、これは日本の安全保障にも及ぼす影響を無視することはできません。
結果的に、日本にとっての安全保障の選択肢は元々限られていたのですけれども、アメリカの覇権国としての地位が地域的に相対化した際、日本はある程度の責任を持った行動、特に自衛の面で決断が必要となるでしょう。一方で、同盟国としてのアメリカを見た場合、誤った情報に基づく行動に対しては的確な助言を与えられるような情報の集積と分析の能力を強化する必要があるように思います。
HARUNA
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