理想というものは、意識の世界にもあるが、無意識の世界にもあるそうだ。ふと、思うのは、自分は意識の世界では自分のことをペシミストとは思わないが、無意識の世界ではペシミストと自己認識しているのでは?
想えば、学生時代には学生運動などで挫折した人のことを書いた本を読んだり、ニヒルな映画を見て共感したこともあった。世の中を斜に構えることが、何となくカッコ良いと思っていたふしがあった。基本的には防衛機制で逃避的態度なのだろうが。
この一週間、いろいろ戦争に関係した方の本や、伝記、映画を見た。昨晩はシンドラーのリストを見た。ポルポト政権の虐殺の話も読んだ。
また、牧師で著名な神学者であるボンへッファーが、ヒットラー暗殺計画に関与し絞死刑になるまでの伝記を読んだ。コルベ神父の伝記も有名であるが、非常に不思議な立場をとったボンへッファーも勉強する価値があると思う。
日本でも、諸説があるが第二次世界大戦で民間人が80万人、兵士が230万人亡くなったが、ホロコーストでは600万人、ポルポト政権で100万人以上が亡くなっている。(数字は諸説があるのでご注意ください。)。そして今でも・・・・
こうした異常なことが起こる社会も問題だが、自分の中にあるペシミストはどうだろうか?
謙虚になって普段見ない悲惨さを学んでいくと、ペシミストを乗り越える何かが見えるような気がしている。
<創造の時3/4>
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