田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

第3回 立科町合唱祭 届け 被災地へ 心のハーモニー 俺的なオランティア 

2011年11月13日 | 日記

11月13日(日)  濃霧  晴れ 穏やかで温かな一日

この季節山裾では天気の良いときの朝は霧で夜が明ける。今朝は何時もより濃い霧、庭を一廻りするだけで着衣がしっとりとなった。

 

家を出るときには慌ただしく何時もは持たない荷物を積み込んでMの助手席に乗り込んだ。小学校に到着したのは9時少し前、玄関の前には役員がドアが開くのを待っている。

今日は町の合唱のグループや小学校、高等学校、役場職員グループと様々な団体が一同に介した第3回立科町合唱祭が開催される。運営は実行委員会がそれぞれの合唱団から代表者が集まって組まれた自主団体になっている。演奏団体以外でも町内奉仕グループ「蓼科クラブ」「やらず会」また、個人の方の応援で会場の設営がなされた。イスやステージができあがるとスタッフはプログラムの折り込みや、来場者との合同合唱の歌詞カードの差し込みなど一段落するまで忙しく動いていた。 

開会挨拶は実行委員長と町の代表者、教育長の挨拶は流石、町民の文化活動に理解がある言葉が多く一同やる気が増したようだ。

演奏はひ孫がいるような世代中心の「童謡唱歌を歌う会“やまびこ”」子鹿のバンビ・七つの子など5曲の童謡をメドレーにしたものを歌った。二番手は生きの良い立科の女将さん連中だろうか「華」という女性合唱団。「芭蕉布」「この広い野原いっぱい」「誠城寺の狸囃子」何れも美しい澄んだ声が合唱祭の格を上げたように聞こえた。 

次の演奏は蓼科高等学校の合唱同好会、これが素晴らしかった。7名の女子と男子1名、それに男性のテナーの美声を持つ先生もピアノ伴奏と共に声でも参加していた。女子7人のアカペラでの「アメイジンググレイス」そして、秋の歌メドレーは混声合唱でも少人数ながらハーモニーの美しさで感動させてくれた。

今回も録音は隣町長和町の方が音響専門業をしているにも関わらず『たてしな応援隊』の一員としてボランティアだと云う。そして、総合司会者としてはいろいろな行事で進行役を務めているTNさんが全てを受けてくれた。

 

休憩前の演奏は障がい者とサポーターで集う団体「ころころりんの会」による、“大きな歌”“手のひらに太陽を”を大きな声と動きで歌ったのが新鮮だった。二曲目は会場全体が輪唱で歌い、題名のとおり太陽のキラキラを手のひらで輝かせ、何時もながら《誰もが当たり前の生活を ・ ・ ・ 》の心で一つになた思いがする。

休憩をはさんでゲスト出演、Thursday Colors と云うゴスペルグループの演奏、ここでは4名の女性が歌い上げるハーモニーと音の動きが素晴らしく会場全体がユレた。中でも最後の曲では会場全員手振りを一つにして歌った“きずな”には胸が熱くなる。 

続いての出演は役場職員有志の合唱団で昨年と比べて、衣装よりもハーモニーとリズムの動きに楽しさが見えた。「上を向いて歩こう」「出発の歌」では男性も少ない人数ながら声が良く出ていた。行政マンとして硬い職場のイメージとは別の親しみのある姿が好感が嬉しい。

続いては25年以上も継続し歌い続けている立科コーラス、「見上げてごらん夜の星を」「埴生の宿」を歌い、年齢層の幅はあるが充分に安定した声を聞かせてくれた。

演奏会のトリは小学校の合唱クラブ、昨年とはことなり身体の動きは少ないが歌本来の声の美しさとハーモニー、リズムの取り方が一段上に上がったように聞こえた。「白い曇」「七つの子」「崖の上のポニョ」で最後にはアンパンマンのマーチを会場内全員の大合唱となった。

楽しい一日だったが ・ ・ ・ オマエは何をしてたのか!!って云われそうだが、相変わらずの雑用とステージの出入りの案内、マイクの扱いなど細々なコトをしながら、備忘録のために写真をとったりした。

明日からは今年度の経費精算、補助金75000円の明細作りなどが始まるが、人の声と歌詞、ハーモニーとリズムでこれほど心が豊かになれ、来場者数は250余名が一つの心になれるのが嬉しい。第4回に向けて熱き気持ちを持ちづけることで、来年は企業のコーラスグループも参加するようになるだろうか。町内の歌好みの大勢が一同に介する一日が長く続くことを願いた。 

 全ての片付けをして会場をでたときは太陽は曇に隠れていたが寒さを感じなかった。演奏に参加した人も会場で大きな声で歌った人も町内でよく見る顔、町挙げての大合唱、東日本、北信栄村他日本全国に立科町から応援の歌声が届いたことだろう。

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“おやき”をつくろう 東信州田舎暮らしネットワーク定例会

2011年11月13日 | 日記

11月12日(土) 濃霧 午前中には霧が晴れる 温かい 小春日和

朝から慌ただしく軽トラに生ゴミを堆肥化している段ボール箱一式と、新しく取り組む人サンプル一式積み込んで望月観音寺にある交流センターに向かった。

9時少し前に到着、一番乗りと思ったら既に建物の中では受付が準備され、直ぐにスタッフで打合せが始まった。

今回で4回目となる交流会だが、秋の催しは収穫祭を名打っており材料は全て会員持ち込みになっている。作るものは「おやき」と云うことで地粉をこねて、ジャガイモやニンジン、カボチャ、大根と具材はいろいろな味付けと食材で4種類となった。

お焼きは賑やかな主婦連が主に担当し、男性陣は巻繊汁を作る役に廻った。俺はと言うとお焼きを鉄板で焦げ目を付けたあと蒸す作業を担当したので着きっきりとなり写真も撮るヒマが無いほどだった。

全てが予定どおりに12時には160個のお焼きが揃い、けんちん汁と共に44名の参加者の腹に収まってしまった。

レシピは会員Iさん手書きのイラスト付き 素敵なものが全員に配られました。

<家に帰ってからカメラで写したもの 見にくくてごめんなさい>

このあとは生ゴミを堆肥化する段ボールの説明と、それを畑の肥料に出来ること。また、畑の生き物たちの循環で口に入る野菜ができるが、野菜も元は草、自然の生業に任せた生き方をしたいなどと話をしたが、大勢の会員はほとんどが無農薬で野菜を作っていると云う。

会員の中には家具の職人や塾の教師をしながら野菜作りに励んでいる人、ストーブの炎を自在に操りそのために薪も樹種に拘るという輩もいる。楽しい出会いが次の生き方を発見する中、大方は定年を境に田舎暮らしをはじめた者、高齢化は直ぐ近くにあることを見据えて構えていこうというこおとになった。

片付けを全員で行い家に着いたときは浅間を囲む曇は僅かに赤く染まっていた。

7時近くなると東の空には満月を一日遅れにした十六夜、限りなく明るい月が浅間の肩を浮き出させていた。

コメント (2)
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