岩波書店のPR誌「図書」9月号の表紙にLa grande querelle du m'enage(ラ グランド クォーレル デュ メナジュ)という題の版画が載っている。
夫婦で一足のズボンを取り合っている図である。この版画では夫は棒を振り上げており、妻は糸巻き棒を振り上げている。La grande querelle は大喧嘩とすぐにわかったが、du m'enageがわからなかった。
それで表紙の裏側を見ると宮下志朗さんの訳があり、夫婦喧嘩だとわかった。もちろんこれは版画を見れば、わかるはずのことではあったが、安易な方向に流れてしまった。
faire le m'enage(フェール ル メナージュ)というのは「掃除をする」という熟語であるので、こちらは知っていたのだが、m'enageに夫婦という意味があるのを知らなかった。いま仏和辞典を引いてみて、「家事」のつぎに「夫婦」という訳があるのをようやく知った。
こんな風で何十年もフランス語の修業をやっているとはどうもお恥ずかしい次第である。
この版画の背景にはもちろん宮下さんが説明しているようにporter les culottes(ポルテー レ キュロット)「ズボンをはく」という言い回しが「夫を尻に敷く」「家の実権を握る」という意味をもっていることから来ている。これは類似の表現が英語にもあると聞いているから、ズボンは男性の衣服という意識が普遍的であったということだろう。
もっとも、このごろではちょっと街に出かけてみたらわかるように日本ではスカートやワンピースを着ている女性などは少なくなっている。それは女性が活動的であることをも意味しており、いいことである。
話はこの版画からはなれるが、最近認識したのはfruits de mer(フルュイ デュ メール)は「海の幸」と訳されるが、このfruits de merは貝やえび・カニを指し、魚は含まれないということであった。これはNHKの毎日フランス語で藤田裕二先生が強調されていたので、ようやくそういうことを知った。
日本ではもし「海の幸」といえば、もちろん魚を含むと思うので、訳だけからではフランス語の理解が十分ではないことになる。これはいま、やはり仏和辞典の当該の箇所にやはりカッコ書きで注意がされてあるが、私は何十年も魚も含まれるように思っていたと思う。
ちなみにfruit(フリュイ)は果物フルーツのことであることは英語からの類推でもわかるだろう。
すべて、カタカナの音はフランス語を知らない人のために便宜的につけたものであるから、フランス語を知っている人には間違った発音を表していると思われる方もおられるだろうが、ご容赦をお願いする。