物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

『「正比例」の数学』

2018-05-09 10:50:23 | 数学

『「正比例」の数学』とはあまり聞いたことがないタイトルの本であろうか。瀬山士郎『「正比例」の数学』(東京図書)は2014年に発行された。

購入して読んで見たいとは思っていたが、その機会はなかった。アマゾンの書評では酷評した書評まであって、あまり成功しなかった本なのかなと思っていた。

先日のことだが、県立図書館でこの本を見かけたので、借りていたのだが、そろそろ返却の期限も近づいてきたので、読み始めた。

第3章の行列式のところでどうもこの内容についていけず 2,3 日放っておいたが、そこをスキップして次を読んだら、なかなかよい。5章まで読んだところである。

要するに、『正比例の数学』の意味するところは線形代数の入門である。できたら、私自身も同じタイトルで書いてみたいと思ったりしたことがあったが、私自身はあまり線形代数のことがよくわかっていないので、なかなか書くのは難しい。

どうして、瀬山さんと同じような発想を持っていたかといえば、それは数学教育協議会という民間教育団体があるが、そこに属している人たちにはよく知られた、「森ダイアグラム」の一部が「正比例の数学」、すなわち、「線形代数」であるというふうに述べられている(注)。

瀬山さんは数学者だからちゃんと線形代数をわかって書かれているのだが、こういう思想をことさらに強調されているわけではないので、この本を読んだ人から、アマゾンコムの書評で酷評されたのであろうか。この書評に惑わされてはいけない。この本は初歩の線形代数としては成功しているのではなかろうか。

この書のはじめに、正比例という語は小学校とか中学校では単に比例といわれているとある。

いつだったか松山の朝鮮人学校の中学校のクラスを知人の先生たちと一緒に見学したことがあったが、その数学の時間に比例、反比例を教えていた。その発音は正しくはないかもしれないが、正比例(ちょんびれ)反比例(たんびれ)であった。

反比例も少し上級のレベルのテクストには反比例ではなく、「逆比例」と書かれていたりする。英語ではinversly proportionalと言われる。

それにしても、比例から1次関数への概念が拡張されていき、私は高校に入った頃に「数学の比例はわからないでもないが、1次関数とはわからない」とか自分で思ったり、人に言ったりしていたのを覚えている。

それがまた、一般の関数の概念から、別の視点でみて、「正比例の概念へと回帰する」とは、なかなかものごとの理解は一筋縄ではいかない。この妙味を改めて知るのはいいことである。

単に、比例からそれを一般化として線形代数ができたとか単純化してみるのではなくて、数学も比例とかから、関数へと概念も複雑化し、かつ進化したのだが、それをもう一度その中から、基本になるアディアとして「正比例の概念」をとり出して考えようというのが、現在の数学教育協議会の一般に承認された数学観であろう。

一度、「局所化」して正比例の概念をとりだした「微積分学」と「多次元化された正比例」が「線形代数」へと発展して、一度別れ、別れになった、正比例の概念は「森ダイアグラム」では、大学での基礎数学では「ベクトル解析」として統合される。

数学全体は奥が深くてきりがないが、大学数学の教育の当面の目標を「微積分学」と「線形代数」を経て、「ベクトル解析」へと至る道だとする見解はもっともだと思う。

ぜひ、若い方には、この数学観を知っておいていただきたい。

(注)大学で学ぶ数学のもう一つの柱である、微積分学もやはり正比例の数学として上述の「森ダイアグラム」では位置づけられる。

こちらは局所化すれば、すなわち微小部分をとれば、「正比例している」という考えであり、一方、線形代数の方は「正比例の概念が多次元化される」というふうに考えられる。

関心を持たれた方は一度、森ダイアグラムをきちんといずれかの文献で見られたらよい。たとえば、森毅先生の『ベクトル解析』(日本評論社)を見られたい。

ちょっと余分なことだが、森ダイアグラムという名称は数学教育協議会に集う人々の間では定着しているけれども、必ずしも森毅先生の考案だというわけでもないらしい。その点については、倉田令二朗さんの『数学と物理学の交流』(森北出版)を参照されたい。

上に述べた、概念はあまり知られていないと思うが、一般の大学生にも、そういう数学観を知ったうえで、それぞれの数学を学ぶのはいいことだ。もちろん、一般の数学愛好家にも知っていただきたい。

(おわび)知った口をきいてと思われる方に一言おわびを申し上げておきたい。

「森ダイアグラム」はそれほど一般に知られているわけではないと思ったので、啓蒙のために述べた。そういうことは百も承知の方は笑い飛ばしてください。

何十年か前に高知県であった、数協教の全国大会に一度だけ参加した宿で、『「正比例」の数学』の著者の瀬山さんにお目にかかったことがある。

そのときの印象では親しみやすい、気さくな方とお見受けした。一晩、どこかの部屋で数人の方とご一緒したときである。一緒の宿泊部屋ではなかった。まだこの『正比例の数学』を著される以前のことである。

そのときに、やはりその直後だと思うが、数学者の森毅先生にも一度だけお会いしたことがあった。両先生ともお会いしたのは、この一度きりである。

大体、私は人見知りをするほうで、学会にもあまり行く方ではないから。