物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

ブラックホールの写真

2019-07-29 13:13:14 | 科学・技術

ブラックホールの写真はデータを3箇所で別々の方法で処理して、ほとんど同じ画像が得られたので、世界で同時に発表されたことを知った。

よく私は異なった方法で同じことを導くということを教育的な観点からしばしば行っているが、そういう考えが研究においても使われていることを知った。

それぞれ違った背景を持つグループがデータを処理してそれでもほとんど同じ画像が得られたことは彼らの自信を深めたことであろう。もっとも小さなところでは画像に違いがあるようにも見えた。これはNHKの放送で知ったことでもある。

世界の5か所で観測した同じブラックホールのデータを1か所に集めて、処理したのだという。処理した場所が日本、アメリカ、それとヨーロッパであったのだろう。

それぞれの箇所がそれぞれの国とか地域の全力をあげて、画像を合成してつくったという。科学のすばらしさである。

(2019.8.3付記)  実はもう何十年も前のことだが、コンピュータでの理論的計算はできるだけ別の方法でも計算して、その確かさを確かめることにしていた。先行した研究があれば、それとの一致を見るなどは当然のことであった。あるとき、ニュートリノによるKaonの生成断面積を計算したのだが、先行研究となかなか一致しない。それはとっていた座標系が先行研究とおなじでなかったからである。

国内で行われた国際会議で上智大学におられた藤井昭彦さんにお会いしたときに、なかなか合わなくて困りましたとお話したら、問い合わせてもらえばよかったのにと言われた。そのときには、そういうことも思いつかなかった。

もちろん、実験値の理論的な再現ができないと理論としては失敗である。


市民による平和展

2019-07-29 10:30:34 | 日記

「市民による平和展」が先日終わった。

この展覧会に西尾さんという若い方が沖縄戦の遺品をもってきて展示されていた。話もされたが、沖縄は国内で地上戦が唯一行われたところであり、その被害もすごいものであった。

この軍事組織的な戦闘は1945年6月23日に終わったと聞いた。その戦闘で沖縄は日本から見放されたのであるが、それでも日本政府はポツダム宣言をすぐには受け入れなかったというから、日本政府からはまったく見放されただけではなく、このことが8月6日と9日の広島と長崎の原爆投下を呼んだ。

その点をどれくらい日本史の中で明らかにされているのであろうか。武谷三男が「広島と長崎の原爆を礼賛している」というような批判がいまでも一部にあるのだが、それらはすでに沖縄戦の敗北によって敗戦を受け入れていれば、広島と長崎の原爆投下はまったくなかったことになる。

それくらい時の日本政府は馬鹿だったのである。戦争をはじめるときにも勝利の目算がなかったのみにならず、敗戦の受け入れに対してもそうであった。

そして、いままた辺野古のみならず、沖縄の米軍基地においても日本政府の沖縄切り捨てはすさまじい。

 


『鶴見俊輔伝』斜め読み、プラス

2019-07-29 10:00:39 | 日記

『鶴見俊輔伝』斜め読みの箇所だけでなく、他の箇所も後ろの方を読んだ。なかなか面白く書けている。

作家、黒川創さんは北沢恒彦さんの子どもだろうとはうすうす知っていたが、ある個所にそのことが書かれてあった。北沢恒彦さんは武谷三男との関連でいえば、『聞かれるままに』(思想の科学社)の共著者である。

もともと『武谷三男現代論集』(勁草書房)が出たときにそれを読んで書評を「思想の科学」に掲載したのが、北沢恒彦さんであった。そのことから、武谷三男からいつか会いたいという要望があり、それで会って武谷のインタビューへと発展したらしい。

それが1冊の本にまとまったのが、『聞かれるままに』であった。『思想を織る』(朝日新聞社)は武谷の自伝の色彩が濃いが、これに並んで『聞かれるままに』は武谷三男の自伝的色彩が濃い。将来、武谷三男伝が書かれるならば、この二つの書は逃すことができない。

したがって、北沢恒彦は武谷三男の研究をする者にとって忘れてはならない人である。