物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

亡くなった人々

2020-07-17 16:26:17 | 健康・病気
私の大学の同級生で研究室も同じだった友人は2人とももう故人である。

同じ学年の3人が同じ研究室に入ったのだが、一人はかなり若いときに亡くなった。これは自死であった。

もう一人は勤め先を定年まで勤め上げたが、事故で亡くなってしまった。そういうことで私の親しかった人は先にあの世で私を待っている。

これは定年前の10年ほどを大学の同僚として過ごした、やはり大学の同級生の別の一人もこれは病気で亡くなった。

現在では私も80歳を越えているので、そういうふうに友人や知人が亡くなってもそれほど驚くべきことではないのだろう。

だが、最近では100歳近くまで生きる人もまれではなくなっている現在では、これらの友人たちの死は少し早すぎる死であったのかもしれない。

私の子ども時代と現在の子どもの時代

2020-07-17 11:29:41 | 本と雑誌
「私の子ども時代と現在の子どもの時代についての比較をせよ」というのが昨夜ドイツ語のクラスで来週のクラスのために出された宿題である。

最初に思ったのは私の子ども時代は貧しかったことである。これは私の家もそうであったが、そればかりではなく日本全国中が貧しかった。

確かに、今どの家庭でも見られる家庭電気製品はまったくなかった。洗濯機、冷蔵庫、テレビ、掃除機、エアコンとかその他の電気製品はまったくなかった。それにつけ加えるならば、車も。

しかし、よく考えて見るとそれ以上にちがうことがある。それは衛生面でのちがいである。昔は網戸というものがなかったので、食卓の上にハエが飛び交っていてすきあらば、用意されたこれから食べようとする食物の上にたくさんのハエが群がってとまった。

それに夏の夜は特に蚊に悩まされた。蚊が私たちの皮膚を刺すのである。関西では
蚊が刺すとは言わないで「かむ」という。

いまでは家の中に数匹の蚊が入ってきて、人を刺すこともままあるではあろうが、網戸のない家などほとんどない。これは大きな違いである。

だからかどうか、私の子ども時代には子どもが病気で死ぬこともそれほど今と比べて珍しいことではなかった。

それに大きな違いはもう一つ水洗のトイレがなかったことである。都市の下水道の完備とともに水洗トイレが普及して、衛生面でとてもよくなった。いまでも田舎に行くと実状がどのようであるは知らないが、水洗トイレの普及は日本人の長寿に貢献しているであろう。