ソーヤー『線形代数とは何か』(岩波書店)は1978年の初版である。この本の原版は1972年であるから、50年も前の本である。
私がこの本の翻訳本を買ったのはもう20年くらい前のことかと思われる。だが、持っているだけで読んだことがなかった。
線形代数に関心が出てきて、書棚から引き出す機会ができたのだが、なかなか細かな注意をして書かれたテクストだということがわかった。
この本の線形代数らしい箇所はまだ読んでいないが、複素数の話でも虚数単位 i が3次方程式の解からその意義が認められたということをさりげなくうまく書いている。
普通のテクストでこういうことを書いてある本はほとんど知らない。いつだったか私も遠山啓の『数学入門』(岩波新書)のある箇所の記述から、虚数単位 i の意義が3次方程式の解から認められたという、エッセイを「数学・物理通信」に書いたが、そういうことを熟知していたのは遠山さんもそうだが、ソーヤーもなかなかの教育者である。
オイラーの公式の導出でもすぐにe^{ix}のテイラー展開からではなくて、e^{x}や\sin xと\cos xのテイラー展開からと順を追っている。
この辺は私など、ここまで丁寧に導入する配慮の余裕はないので、降参である。参りました。
昔から、ソーヤーの本は好きだが、その割にはきちんと読んだことがない。私の親しんだソーヤーの本は『数学のプレリュード』(みすず書房)であるが、これなどもあまり内容がよく分かったとはいえない。もっともこの本に触発されて数学エッセイを書いたことは何度かある。
その一つは、正弦法則からの余弦法則の導出と逆に余弦法則からの正弦法則の導出についての数学エッセイである(「数学・物理通信」5巻1号(2015.3))。
『数学のプレリュード』に書かれていたことで、いまでもよくわからないのは超幾何関数のことである。どういう話かというと普通の高校とか大学の数学科や物理科や工学部などの過程で出てくる関数の95%くらいは超幾何関数で表せると、この本に書いてある。
では後の5%はどういう関数なのかという関心をもっているのだが、それがどういう関数なのかがわからない。この本にはこれらの関数については書かれていない。超幾何関数で表されない関数を書き下すことも、またまったくやさしいと書いてはあるのに。
実はこの『数学のプレリュード』の罪作りなところはそこだと思っている。
今では
y=|x|
とか
y=1, x>0
y=0, x=0
y=-1, x<0
とか
y=[x]
とかが超幾何関数で書き表されない関数ではないかと思いながら、きちんと確かめたことがない。
この点に関しては『数学のプレリュード』の訳者の故宮本敏雄先生もこの箇所になんの訳注もつけておられない。なんの疑問も感じられなかったのだろうか。
数学者にとっては自明のことかもしれないが、そこを解明しておくのは読者に対する訳者の務めではなかったろうか。
それはともかくとして、私の書いた数学エッセイ「超幾何関数1」(2009.12)の続編が書けないのは、この疑問に対する明確な答えがわからないからである。
3冊ほど超幾何関数のことを書いた本を購入したが、ちょっと読んでも、上のことについての解答は得られそうにはない。